もののけ姫
□青天霹靂
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「え、え?ま・・・ちょっ。」
突然どうしたのか、事情が理解できないが近づく唇に片手の手の平を相手の口にあてがうが
まるで気にしていないように寄りかかって来る。背の後ろで体重を支えている片手は乗りかかるような
重さに段々耐えられなくなり手の平から肘へとついには持ち堪える事が出来なくなり後ろに
倒れてしまう、押し倒されるように覆い被る見知らぬ男性に目を向けて見ればいつの間にか
気を失っていた。
「知り合い・・・なのか?」
「し、知りません。誰かと間違えたのかただ寝ぼけていたんでしょう?」
突拍子無いいきなりな行動に伸ばした手で押さえる事も出来ず顔見知りなのかと尋ねて見ても
知り合いでは無いと首を振った。眠ってしまった男を押し上げながら元の場所に再び寝かす、
夢うつつと言ったあの様子からすると寝惚けていたのだろうと言うが何故いきなり接吻するような事を
しようとしたのか布団をかけながら男の顔をちらりと盗み見る。
「エボシ殿には私から伝えよう、この者はその後にでも別の場所に。」
「いえ、この方はここで私が看病いたします。」
立ち上がろうとしていたアシタカは驚いたように動きを止めた、ここなら薬も治療出来る環境庁長官も
いるからその方が手っ取り早いだろう。しかし男と女をひとつ屋根の下で共に暮らすなど
いくら重病者だからと言っても見ず知らずの他人には変わりない。
「それはいけない、何かあってからでは遅いんだ。」
「傍に居られるのは私ぐらいです、もし体調が悪化した時に傍に居なくては
それこそ取り返しのつかない事になってしまうでしょう?どうか心配しないで下さい。」
この者の突然の行為を含めて言っていたが理解した上でそれでも傍にいて看病する事を選んだ。
何となくだったがもうあんな行動はしないのではないかと心の何処かで感じていて自分の家で
看病しても問題は無い気がした、確信もないが納得できないアシタカに心配はいらないと笑いかける。
もうすぐ春になる、皆は収穫でこれからどんどん忙しくなって行くのにこの者の治療場に新しく小屋を
建てている暇も無いだろう。何かあれば声をかけてくれとアシタカは言付けエボシの元に出て行く
この辺では見ない生地の男の着物を繕いながらいつ目を覚ますとも知らない男が起きるのを待つ。
*
行き倒れていた男性を連れ帰ってから一カ月が過ぎようかとしていた、怪我も段々と良くなってきていた
本調子に戻るまではあと数カ月は必要だったが今の所は順調に快方に向かっている、後は目を覚ませば
安心できるがまだ一向に気を取り戻すようには見えない。アシタカも手が空けば介抱を手伝いに顔を出し
変わりないか訪ねて来る事が多くなった、完全に完治しなくてはこの者を置いてはいつもの様に
山を越えた城下まで勉強しに行く事が出来なくなった為タタラ付近で薬草を集めたり畑仕事を
手伝ったりと家を空ける事も増えて行くが数時間程度なら問題は無いだろう。そして今日も環境庁長官は
男の包帯を代えて汲んで来た水で傷口や体を綺麗に拭き食べやすいように煮込んだ山菜粥を食べさせて
薬草を摘みに外に出かける。
「拾って来た男の具合はどうだい。」
「エボシ殿、良くなりつつなっていますけど・・・まだ目を覚ましません。」
薬草を採りに行く前にエボシの元に薬を届けに行く、傷は塞がったが時折に痛むモロに食い千切られた腕
エボシの方も随分と時間が経ち良くなった。
「体調が良くなって来ているならあの者を転居させる頃合いではないかい、
移す場所も既に出来ている・・・アシタカも口にはしないが気が休まらないみたいだからね。」
目も覚まさないのに移動させるのはどうかとも考えた、しかし目を覚まさないと言っても
見知らぬ男性と2人っきりで過ごすのは緊張するものだった。目を覚ましてからも共にひとつ屋根の下で
暮らすかと問われれば頷く事は出来ない仕方ないと承諾する。
「では昼にでも男達を向かわせよう、環境庁長官はアシタカに伝えておくれ。」
エボシの室を後にしアシタカの元に向かった、他の者と共に木を切り丈夫な板に加工していく
周りには木屑が広がり風に吹かれれば綿雲のようにどこかに吹き飛ばされる。その中で流れる汗を
拭う事もしないで硬い木を削るアシタカの姿を見つけた、持っていた手拭いを懐から取り出して
駆け寄れば動かしていた手を止め此方に気が付いたのか振り返るといつものように少しほほ笑んで
持って来た手拭いを受け取った。積み重ねられている丸太に腰をかけて休憩している時にエボシに
言付けられた事を伝えればその方が良いだろうとアシタカも賛成すると今の仕事を終わらせたら
直ぐにでも手伝いに行こうと再び残っている仕事に手を付ける、直ぐに終わると言う事なので
環境庁長官は丸太に座りながらただ黙って働いているアシタカに目を向けていた。