もののけ姫

□不易流行
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腕を沈めているとだんだんとおさまっていく。突然の事に環境庁長官は酷く困惑したようすで
何も出来ずにアシタカに触れる事も出来ないで伸ばした手を空中で行き場なく止めたまま。

「くっ・・・はぁ、はぁ・・・」

腕の暴走が静まり何度も呼吸を整えようと繰り返す。ようやく顔を上げたアシタカの顔色は良くない。
不安そうに声をかけるとアシタカは自分以外にも見えていたのか聞く。

「環境庁長官・・・なにか見たか?」

「えっ・・・?やっぱり何かいたんですね、私は何も見えなかったです・・・。」

どうやらアシタカは何かを見ていたようだ、だがそれが何だったのかは分からない
小さく謝るといいんだと言った。この時本当になにも出来ない無力さを感じていた環境庁長官
なんの為に共にこの旅について来たのかも分からなくなってしまう、助けたいと思っても
いざとなれば驚きが優先してしまい体は金縛りにあったかのように動いてくれない。
思っている事とやっている事の矛盾さが口惜しいと拳を握り締める。ひっそりとそんな事を
悔いている事に気付く訳無くアシタカは話しだす、何を見たか分からなくも獣の姿を映した途端に
腕が暴れ出した事その獣の正体が何かは2人に分かる訳もなかった。

お椀に水を入れ直して怪我人の元に持って行く、体を少しだけ起こすとどうやら
意識を取り戻していたようだ。ゆっくりと水を飲ませる。

「もうちょっとの辛抱だ、しっかりしろ。」

「す・・・すまねぇ・・・」

重傷の男は一言そう言うとまた眠りについた。アシタカは振り返り同じ場所を見るが
獣が居た時とはまるで空気が変わったように映る、もうなにも無い変哲のない風景が広がる。

「行ってしまった。」

もうその場所には不思議な獣はいなかった。アシタカは男をまた背負いこの森を
抜ける為に歩き出して行く、最初に通って来た獣道よりかは大分大人しい森の道
鳥達のさえずりも良く聞こえて来る。

足を休ませる事なくどんどんと山の中を歩いて行く、先程とは違ってアシタカは
息を切らす事も無く歩いていると男が折れている腕を動かした。

「あれ?痛くねぇ・・・治ったぁ!いて!やっぱ折れてるっ」

「あ・・・駄目ですよ!折れた腕がすぐ直る訳無いじゃないですか。」

勢い良く首からかけている布から手を外して腕を高らかに上げたのだ、大人しくしていた
お陰で腕の痛みを少しだけ感じなかったのを勘違いしたのだろうか動かした腕がまた痛み
折れている事を再確認したようだ。患者なのだから大人しくしてるように言うと謝りながら
腕を元の場所に戻す、環境庁長官よりも良い年した大人がそんな事を言わせるなど威厳と言う物が
感じられない男だった。よっぽどアシタカの方が落ち着いていてその大人よりも大人だろう
前を歩くアシタカに目を向けた環境庁長官は小走りで隣を歩く。

「アシタカ様、あの大丈夫・・・ですか・・・?」

先程の事もあり不安の色を隠せない環境庁長官に察したアシタカは微かにほほ笑んだ。

「心配するな、あれから急に体が軽くなった。」

そう言ったアシタカは嘘を言っているようには思えなかった、どうやら本当の事だろう。

今までも誰に対しても嘘など言って来なかった事を知っている環境庁長官はその事を聞き安心した
顔色ももう悪くは無く元気な姿のアシタカに胸を撫で下ろしまたヤックルの手綱を掴み
森の中を歩いて行く、やっと森が途切れて前には小高い丘がある。草を踏みわけ登って行くと
男が驚きの声を上げた。

「あぁ!旦那すげぇ、どんぴしゃだ!タタラについたぁ!!」

登り終えて一番初めに目に映ったのは巨大な建物、川の向こうには外敵からの侵入を拒絶する
高い壁に無数の先が尖った木が隙間なく刺さっている。建物からはもくもくと何かを作っている
白い煙が立ち上り入口と思われる場所ではぞくぞくと牛と一緒に人間が中に入って行く
男が言ったタタラと川のそばでは大量の樹木が切り倒され山を崩し森を壊し必死に生きるタタラ場。
そのタタラ場の一帯は木が無くなり山は崩れ土がむき出しになっていた、その光景に今まで見た事の
無いタタラに驚いた様子で2人は見ていた。
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