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□触れた温もりを、
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豊臣は世界へと進出するらしい
これは半兵衛殿が生きてた頃から決まっていたことだ
半兵衛殿が亡くなり、この計画も無くなるかもしれないと思ったがそんなことはなかった
このままでは今まで以上の多くの血が流れることになる
ワシには家臣や民がこれ以上傷付くのは耐えられないことだった
だから決めたのだ
ワシは明日の戦で秀吉公を討つ
秀吉公では泰平の世は創れない
秀吉公を討つことに迷いなどない、ないはずだ
そう思い、拳を握りしめた
「家康。」
突然名前を呼ばれ、内心驚きながらも顔を上げれば、そこには月明かりに照らされた三成が立っていた
「……三成。」
「こんなところで何をしている?」
「……月を見ていたんだ。」
嘘ではない
月を見ながら秀吉公を討つことを決心していたのだから
そう思いながらも三成から月に視線を移した
秀吉公を討つと決めたときに三成と泰平の世を天秤にかけ、ワシは泰平の世をとった
徳川家康としては何よりも一番大切なのは石田三成だ
だが一国の主として三成を選ぶことなど出来なかった
三成への気持ちさえなければ沢山の人たちが血を流さなくて済む
それならワシは泰平の世のため、自分の気持ちを殺せばいい
そう決めたはずなのに三成と少し話しただけで固めたはずの決心が揺らいでしまう
だからこれ以上、三成と話すことは出来ない
早く部屋に戻ってくれ
そう祈るように思っていればいきなり頭をガンッと殴られ、思わず三成の方をみれば刀の鞘を下ろす三成が視界にはいった
「三成!?」
「嘘を吐くな。月を見てるだけなら何故私と話すときに無理をして笑う?私は貴様のその無理をして笑う顔が一番嫌いだ。どうせ何かあったんだろう?」
そこまで言われて思わず笑ってしまう
やはりワシが無理して笑っているとわかるのは三成だけだ
「やっぱり三成には敵わないな」
そう言うと同時に三成の手を引き、腕の中へと閉じ込めた
三成を抱きしめるのは二回目だからか少し驚いたようだったが、暴れるようなことはなかった
何故ワシのことを一番わかってくれている三成を裏切らなければないのか
それだけが秀吉公を討つことに対しての心残りであって、何よりも辛いことだった
「おい、家康……?」
「何でもない、何でもないんだ。」
そう言って三成の肩に額を押し付ければ、三成は呆れたように溜め息をつき、「……少しだけだぞ。」と言うとワシの背中に手を回した
三成に触れるのも抱きしめるのもきっとこれが最後になる
「済まない、三成。」
お前よりも泰平の世を選んでしまって済まない
約束を守れなくて、済まない
ワシは明日、豊臣を裏切る
触れた温もりを、
(忘れないように)