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□束の間の夢を、
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半兵衛殿が亡くなり何日か過ぎた少し肌寒い日



「……家康。」


襖の向こうからそう呼ばれたのはそろそろ寝ようかと思っていた時だった

それは聞き覚えのある声であると同時に、誰かと聞き間違うはずのない声であり、普段ならワシの部屋へと来るはずのない人物の声だった


とにかく外にいては体が冷えてしまうと思い、中に入るように言うために口を開いた



「……三成?入ってもいいぞ。」


そう言えば閉じてた襖がスッと開き、そこに立っていた人物が視界に入る


ああ、やっぱり三成だったな、などと思いながらも、三成が訪ねて来るほどの何か大変なことがあったのだろうかと考えてしまう

それほど三成がワシの部屋に来るのは珍しいことだった



ワシの部屋に来ないかと誘えば断られ、基本的に半兵衛殿や刑部に頼まれない限りワシの部屋には来ない


そう考えるとワシは三成に嫌われているなと改めて自覚してしまい、なんだか悲しくなってきた



そんなワシの気持ちを知るはずもない三成はいつもと変わらない態度で「邪魔する」とだけ言い、部屋に入るとワシの目の前に座った


それと同時に何か話しかけなければ気まずくなってしまうと思い、咄嗟に口を開いた



「三成がワシの部屋に来るなんて珍しいな。いきなりどうしたんだ?」

「……。」



いつもはっきりと物を言う三成が、俯いたまま何も言わないことを不思議に思い、「三成?」と名前を呼べば三成は少しだけ顔をあげた


「……家康。」

「?」

「私は、未だに半兵衛様が亡くなったことが信じられない。」


そう言った三成はいつもと変わらない表情をしていた


それでもワシには三成が悲しそうな、泣いてしまいそうな表情をしているように見えてしまう


ただ三成の話を聞かないことにはどうすることも出来ず、三成の話を黙って聞いていた



「半兵衛様が亡くなったことはわかっている。私はそれを認めたくないだけなのかもしれない。」


「私は大切な人が居なくなってしまうのが怖いと初めて感じた。」


「秀吉様は決して居なくなったりなどしない。それはわかっている。」


「だが刑部は……。刑部は病にかかり、最近では調子が悪いと言っていた。」


「半兵衛様に次いで刑部までいなくなってしまったら、私は……。」


そう言ったところで三成は再び顔を俯かせた



「……三成。」


三成の話を聞いたところで、ワシには呟くように名前を呼ぶことしか出来なかった



どうすれば三成の不安を消すことができる?

考えたところで何も思い浮かばない


それでも何かしなければ目の前にいるはずの三成が居なくなってしまいそうな気がした



(どうにかしなければ……)


そう思った時にはすでに手を伸ばしていた




「……っ!」


押し返されてその後に罵られるかもしれない、もしかしたら刀を持ち出して斬られるかもしれない


それでも、それを承知の上で三成の手を引いて抱きしめた




三成は何が起こったのかわからなかったようで初めは大人しかったが直ぐにワシに抱きしめられていると気付くと「離せ!」と言いながらワシから離れようと胸を押される


それでも離すまいと抱きしめる力を少し強めた



「家康!貴様、何のつもりだ!?」

「三成。」

「黙れ!私から離れろ!」

「……大丈夫だ。ワシはお前の傍にいる。」

「!」


安心させるようにそう言えば腕の中で騒いでいた三成が急に静かになった


どうかしたのかと思い、抱きしめる力を緩め、顔を覗き込めば驚いているような顔をした三成がいた


「……本当か?」

「ああ。」


そう力強く頷けば、三成は「そうか」とだけ呟き、ワシに寄りかかった



「ならば家康、貴様は私の前から居なくなるな。」


そう言った三成はワシの背に手を回した


その行為が例え半兵衛殿の死からくる不安のせいであったとしても、悲しみに耐えるためのものであっても構わなかった



ただもう少しだけ、今にも消えてしまいそうな三成を抱きしめたままでいたくて、もう一度抱きしめた腕に力をこめた









束の間の夢を、
(もう少しだけ)
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