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□泣きたいくらい、
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いつも三成は秀吉公のことばかりだ
自分のことなど後回しにして、秀吉様のため、豊臣のためにと尽くしている
そんな三成をみるのが辛かった
食事も睡眠も疎かにしていて、本人に自覚はないようだが、三成がいつ倒れてもおかしくないような生活をしているのは一目瞭然だった
前に三成に貴様も豊臣のために生きろと言われた時は、咄嗟に豊臣のためではなく、自分のために生きてほしいと言い返せば三成を酷く怒らせてしまった
それからは三成に何も言えずにいる
「ちゃんと寝ているのか?」「食事をしているのか?」などと必要最低限のことだけは聞いてみているものの返ってくるのは「私に構うな」などと言う言葉ばかりだった
三成が言うことを聞くのは秀吉公、半兵衛殿、刑部くらいでワシはただ眺めるだけしか出来ない
今だってそうだ
これから対峙する敵を秀吉様に逆らった罪だなどと言って三成は殺すだろう
三成の手をこれ以上血で染めたくないと思っても、ワシには止めることなんて出来ず、数歩先を歩く三成の背中を眺めていることしか出来ない
戦場に立っている時点で相手を殺さないというのは無理なことなんだとわかっている
けれど必要以上に敵を殺すことだけは止めてほしかった
(ワシはどうすればいいんだろうか。)
そう思いながらも溜め息を吐けば前を歩いていた三成が急に振り返った
「おい。」
「ん?」
「さっきからやけに静かだな。何かあったのか?」
「え?あ、いや、何でもないんだ。」
そう言えば三成は黙り込んでワシの顔を見つめてきた
急に見つめられると何だか気まずくなってくるから止めてほしい
「どうかしたのか?」
「……貴様、自分で気付いていないのか?」
「なんのことだ?」
本当に三成が何のことを言っているのかわからず、そう聞き返せば三成はあからさまに顔を顰めた
そんな三成に苦笑しながらも
「本当にわからないんだ。教えてくれないか?」
と言えば三成は何を思ったのか、前を向いた
「三成?」
「戦に出ている時、いつも貴様は泣きそうな顔をしてる。」
三成にそう言われた瞬間、息を飲む
家臣にさえ言われたことがなかったことを三成に言われ、ただ驚くことしか出来なかった
確かに戦で家臣や兵を失うのが辛い
それと同時に相手の命を奪うことも辛かった
それでも泣くわけにはいかず、笑顔で隠してきたつもりだった
それなのに、どうして三成は分かったのだろうか
そんなことを考えていれば、もう一度振り返った三成が手を伸ばしてきて、何をするのかと見ていれば、次の瞬間にはぐぃっとフードを被せられた
「今日はいつもより辛そうな顔をしている。」
「っ!」
「辛いのなら今回は帰れ。貴様がいても邪魔なだけだ。私一人でやる。」
三成はそう言うと再び前を向き、歩き出した
その後ろ姿を見て、半兵衛殿の命令でワシと三成の二人だけで敵の元へと向かっていたことを思い出す
「……三成。」
立ち止まっている場合ではない
今、何よりも辛いことは三成の手を血で濡らすことだったはずだ
それだけは止めなければならないし、止められるのはこの場にワシしかいない
「大丈夫だ。三成、ワシも行くぞ。」
そう言って三成に被せられたフードを掴み、深く被りなおすと、三成に追い付くために少しだけ走り出す
先程のワシの言葉は小さく呟かれたのにも関わらず、三成の耳にはしっかりと届いていたようで、ワシが三成に追い付いた辺りで「さっさとしろ。」と小さく返してきた
今、ワシがするべきことは三成が殺すよりも先に相手を捕まえることだ
それで少しでも三成が殺す敵の数が少しでも減るのであれば、その後に何を言われても構わなかった
それでも小さく溜め息をつく
戦国の世など辛いことばかりだ
だが辛いなんて言っていられないし、泣くわけにもいかない
ただ、秀吉公が日ノ本を統一し、泰平の世が訪れ、三成の手を血で濡らすことがなくなるまで、ワシは戦い続けるしかなかった
泣きたいくらい、
(辛い恋をした)