君に願いを…
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"コンコン"
ドアをノックする音が聞こえ、部屋を出る準備をしていた私は扉を開けた。
「はい?」
するとそこには私の片思い中の彼である昴さんが眉間に皺を寄せて立っていた。
「お前…開ける前に誰だか確認してから開けろって何度も言ったはずだぞ?」
「すみません…でも、この時間に来るのはお父さんか一柳さんだと思ったからつい…」
「ついじゃねーだろ。今回は俺だったからよかったけど、次やったらお仕置きするからな」
「お、お仕置きって…な、何する気ですか?」
「さぁな。とにかく次はやるな」
「はい。すみませんでした…」
「で?支度は済んだのか?」
「あっ、はい。あとちょっとなんでもう少し待ってもらっていいですか?」
「それは構わないけど…さくら、あとちょっとって部屋じゃないだろコレ…」
「あはは…すみません」
「相変わらず片付けが下手だな。後は俺がやってやるからお前は総理に挨拶に行け。今だったら総理も会議から戻られたはずだから」
「…わかりました。すみませんがよろしくお願いします」
ペこりと頭を下げると、早く行ってこいと言うようにヒラヒラと手を振る昴さんの後ろ姿を見てからお父さんの執務室に向かった。
「あぁ、さくらか。もう準備は済んだのかい?」
「…はい。大丈夫です」
たった今私の代わりに昴さんがやってますなんて恥ずかしくて言えなかった私はついそんな事を言ってしまった。
「何かあったらすぐ連絡するんだよ。まぁ、何かあっても一柳君がいれば大丈夫だとは思うが…やっぱり少し寂しいね」
「お父さん…。私も寂しいです。でも色々とありがとうございました!」
寂しそうな顔をしたお父さんに笑顔を向ける。
その私の顔に安心したのかお父さんの表情はさっきより柔らかくなった。
限られた短い時間だったけど今までお世話になったお礼と別れの挨拶をしてから自分の部屋に戻ってくると、すでに私の荷物を綺麗にまとめ終えた昴さんがベッドに腰かけて待っていた。
「挨拶すんだか?」
「はい。あとは桂木さん達にもご挨拶したら終わりです」
「そんじゃSPルームに行くか」
そしてSPの皆さんに挨拶をするためにいつもの部屋のドアをノックした。
「皆さん色々とお世話になりました。ありがとうございました」
「さくらちゃん!寂しいよ〜。昴さんじゃなくてやっぱり俺んトコこない?」
「そら!ふざけたこと言うんじゃない!まったく…。春日さん、またいつでも遊びに来てください。」
「さくら。お前昴さんに迷惑かけんじゃねーぞ?」
「頑張ってね、さくらさん」
みんなの優しい言葉に嬉しくなりつい涙が滲みそうになって、それを気付かれないように頭を下げた。
「ほら、行くぞ」
「昴。春日さんを頼んだぞ」
「了解です」
そのやりとりに深い意味が含まれていたことは私以外のみんなは知っていたらしい。
でも涙が溢れないようにとそのことばかりに集中していた私はそれに気付かなかった。
そしてSPルームを後にした私達は車に乗り込み官邸を後にした。
少し寂しくなり口数の少ない私を気にした昴さんは優しく私の頭を撫でてから言った。
「俺の家に行く前にちょっとドライブに付き合ってくれ」
そう言って彼が連れて行ってくれたのは海だった。
季節も夏から秋に変わり始めた今ではサーファーくらいしかいない静かな海。
『少し歩くか』
と私の手をとり海岸沿いの遊歩道を二人で歩く。
他愛のない会話をしながらゆっくりとした時間を過ごした。
私の心はもう昴さんでいっぱいで、優しくしてくれるという現実だけで満足だった。
ひょんなことから彼にお世話になることにあの時は戸惑ったけど、そうなったことに本当は安心していた自分がいた。
安心という感情はおかしいのかもしれないが、今はその感情が何故かぴったりとおさまったのだ。
そのまま笑顔が戻ってきた私を確認してから昴さんは静かに呟いた。
「なぁさくら。俺、お前に言ってないことがあるんだ…」
「言ってないことって何ですか?」
「もう少ししたら必ず言うから待っててくれるか?」
「?…はい」
「ありがとな」
正直すごく気になったけど『必ず言う』という彼の言葉を信じて今は聞かないでおこうと決めた。
そして夕日が沈み始めるのを二人並んで見つめた後、今度こそ彼の住んでいるマンションへと向かう車内、これからのことを改めて思い出して緊張から最初よりさらに口数が減った私だったのだった。
end