こやけ

□ローテルロー橋の戦い 上
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ND2002――



当時、第三次国境紛争―後にホド戦争と呼ばれる―が各地で勃発するしている時世であった。
そんな中、ここマルクト領でも小競り合いが起こった。東ルグニカ平野に侵攻したキムラスカ・ランバルディア王国軍8000に対して、マルクト帝国軍は6000の軍勢をもってローテルロー橋にて迎え撃つ。

ローテルロー橋はいわばマルクトの玄関口とも言える要所。ここが落とされては、マルクトが危機に陥ることは免れない。


キムラスカ軍を率いるは、王国が誇る名将ニコラス・スティール将軍。
かたやマルクト軍を率いていたのは、まだ経験の浅い名も無き中佐であった。


ありふれた局地戦争の一つに終わるはずだったこの戦いは、ある一人の青年の活躍によって有名なものとなる。







「負け戦だな」


ジェイド・カーティスは誰にともなく呟いた。
この時彼は20歳、初陣であった。初陣にして一個小隊の隊長を任されたという異例の大抜擢だ。

後詰めとして送り込まれた彼の部隊だったが、すでに勝敗が決していることは誰の目にも明らかだ。
ジェイドの言葉通り、マルクトの象徴である蒼は、キムラスカの象徴の赤にほとんど飲み込まれつつある。

ジェイドはぐるりと戦場を見渡した。

ローテルロー橋の対岸では、キムラスカの譜業戦艦が砲弾を放ち続けている。そのたびに血煙は舞い上がり、断末魔の悲鳴が起こる。



「た、隊長!?」

その場を離れんとジェイドが急に歩を進め出したのを、副隊長のマルコは慌てて引き止める。
無理も無い。何らかの指示くらいは欲しい。

「どこに行かれるのですか!?」

やっと振り返ったジェイドは、誰もついて来ようとしない部隊を見て、呆れたような馬鹿にしたような声で、言った。

「このままここに踏みとどまれば我々は死ぬ。死にたいならば、そこにいろ」

たったそれだけ。兵士達は互いに顔を見合わせ、眉を顰めた。
今現在部隊が控えているこの場所は戦場の端で、主戦場のローテルロー橋からも相当な距離がある。
赴くならば、どうせ負け戦とわかっているのだから相手の様子を見てからにすればいい。それをわざわざ危険を犯して今出て行かなければならない理由がわからない。
もとよりまだ若いジェイドが隊長を務めることに不満を持っていた彼らなのだ。彼らのほとんどがジェイドよりも年長で、経験もそれなりに積んでいる。

(名家の養子だかなんだか知らないが、研究所上がりの若造が何を偉そうに)

というのが彼らの本音なのだ。


部隊が動きそうもないことを知ると、ジェイドは背筋を伸ばして彼らを睥睨した。
銀縁眼鏡の奥で、人外の赤い目が冷たい光を放つ。
その光を見て、マルコは全身の皮膚が粟立つのを自覚した。軍服と鎧に包まれた手の平にも、じんわりと汗が滲む。
気持ちは皆同じだったらしく、静まり返った。戦場の怒号すら遠くに聴こえるようだ。

「これより我々第七部隊はローテルロー橋へ向かう。死にたくなければ遅れずについて来るように」

ジェイドは踵を返した。それに引っ張られるようにして、マルコ達も続く。
それでも数名はその場に残った。





ドゴォンッ!!!


「「!?」」

突如として、マルコ達の後ろで火柱が立ち上った。その場に残った兵士達は、悲鳴を上げる間すら無く、ただの肉の塊になる。

「あ、あんな所から…!」

この相当な距離にもかかわらず、キムラスカの戦艦の砲弾は飛んでくるのかと、皆の間に戦慄が走る。

「隊長はこれを見越して…」

マルコは目の前を歩く若き軍人の背を見つめた。あの数秒で、砲弾の飛距離を測定したというのか。さすが研究所上がりというだけはある。





主戦場が目前に迫って来た。
ここまで来ると悠長に歩いている間など無く、刃を交え、倒し、進まなければならない。
隊長は部隊の安全など省みず進むのではないかと危惧していたマルコだが、

「全てを灰燼と化せ。エクスプロード!」

自ら先頭を切って道を開いていた。少し意外に思う。

と、横合いから鋭い剣の突きが入り、マルコは仰け反ってかわした。
一般的にキムラスカ軍は武術に優れている。しかも相手の胸元の勲章を見ると、どうやら階級は少尉。恐らく適う相手ではないだろうが、まみえた以上は剣を交えるしかない。
それが戦場というものだ。

「はっ!」

一、二、三と剣戟を交わすと相手は噛み合った刃を力に任せて一気に距離を詰めて来た。
押し負ける――
マルコの額に冷や汗が浮かんだ時、すっと力が失せ、少尉の右腕の肘から下が無くなっていた。
驚きに見開かれる少尉の目がマルコの横を見る。マルコもつられて隣を見ると、ジェイドが薙いだ槍を反転させ、少尉の心臓を貫く所だった。

「隊長…!お手を煩わせて申し訳ありません!」

「いや、いい。君には頼みたいことがある」

そう言った時に初めて、ジェイドは笑みを浮かべた。
ただしそれは企むような笑みで、マルコは嫌な予感がした。




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