企画小説

□幸村
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昨日の放課後、俺は同じ学年の女子に告られた。
まぁそれは結構いつもの事だし、断るだけだから別に問題じゃない。問題は断った後に起こった……。





「有り得ない…」

「は…?」

「私の方から告ってあげたのに…っ、フルなんて…!」



いや、お前何様だよ。どこかの某キングだって、振られたからってこんなリアクション本人の前でしないと思うけど……。
そうこう思っている間も、ソイツは勝手にブツブツ言い続けてる。もうイタイ女としか言えない状況になってると思った俺は、決して間違ってないはずだ。



「…そう、私の告白を断るの……。ハハッ、良い度胸じゃない。良いわ、自分が誰を敵にしたのか思い知らせてあげる…!」



アンタは中二病か、とでも言いたくなるような事を一人で勝手に言い切ると、呆れる俺を尻目に、というかもはや自分に酔ってる感じで、俺の事なんか目に入っちゃいなかったように思う。とにかくソイツは、相当な大声で叫んだ。



「イヤッ!やめてっ!!……ッキャアァァーー!!」



近くにいた俺にはかなりキタ……。真田の怒鳴り声より、女子の金切り声の方が耳に痛いし不愉快だっていうのが良くわかったぐらいにはね…。

今は放課後で、周りでは部活をしている人たちがいっぱいいる状況。ここは人気が少ないけど、少し先では普通に活動している音が聞こえて来る場所。つまり今の悲鳴も向こうに聞こえたという事だ。
案の定バタバタと駆けて来る音がする。コイツはしっかり俺の足元にしゃがみ込み、しかも準備良く自分で自分の頬を殴って赤く腫らしていた。涙も一応本物みたいだね。次から次へと溢れて来るというよりは、瞬きをしなかったり欠伸をしたりして無理やり出した涙に俺には見えるけど……。



「はっ?何だよこの状況…?」



やって来た男子の一人がいう率直な感想に、俺も「奇遇だね、俺もそう思うよ」なんて内心思いながら、誰かの出方を待つ。
するとアイツは傍に来た男子の一人に縋り付き、「助けて…ッ!」と搾り出す様な声を出した。

「え…?」と困惑した顔の男子。そこからはアイツの独壇場だった。告白されてフッたら逆切れした幸村君に殴られた。だなんて、どの口が言うんだコノ女は。しかもそれを信じちゃってるらしい外野には呆れてモノも言えない…。
「ホントかよ、幸村…」何て聞かれても、俺は何もやってないし、告ってきたのも頬を殴ったのもその女自身、としか返せない。まぁ、信じてくれるとは思わなかったけどね……。
予想通り、「サイテーだな」やら、「見損なったぜ!」やら、「誤ってよ!」なんて好き放題言う周り。鵜呑みにし過ぎだろ…。と思ったけど、何を言っても無駄そうだし、わざわざ諭してあげるきにもなれなかったから放っておいた。



「黙ってねーで何か言えよ!」



そう言いながら、口より先に手が出てるソイツの拳を、余裕で避ける。普段、もっと早くて重いボールを扱ってる俺に、そんなものがきくわけないだろう?
イラついた顔をするその男子を無視し、俺はその場の全員に向かって言う。



「何度言っても良いけど、俺の答えは変わらない。俺は何もやってない。俺が彼女を殴ったっていう証拠はあるのかい?一方的に彼女の言葉だけどを信じるなんて、公平性に欠けてると思うけど?……まぁ良い、悪いがとっくに部活が始まってるから行かせてもらうよ。君たちも戻ったらどうだい?」



そう言って背をむけると、俺はさっさと歩き出す。誰かが追いかけて来て俺の肩に手をかける。俺は足を止めて振り向きざまにその手を払うと、涼しい顔で、いまだに男子の一人に縋り付いているアノ女を見た。



(男に襲われた直後に、他の男に縋り付くねぇ……)



有り得ないだろ。しかももう普通にコッチ見てるし…。と思いながら、目の前の男子に視線を戻し、淡々と言う。
「俺に構うより、彼女を保健室に連れて行ってあげたらどうなわけ?ソレ、放って置くと腫れると思うよ」そう言うと、ハッとした顔をするその男子。周りの奴らも、アノ女に注意を逸らす。俺はその隙に、さっさとその場を抜け出した…――。









そして今日。

アノ後は普通に部活をこなし、いつも通り帰った。けど、どうやらたった一晩の間に、噂は相当広まったみたいだね…。朝練でコートに入った瞬間から、レギュラー以外の部員からの視線が半端なく痛い。



(コレはレギュラー以外、全員知ってる感じだね…)



噂を信じたにしろ信じてないにしろ、レギュラーが何も言って来ないのは不自然だ。となると、噂の出所――おそらく一斉メールか何かだろうが、それはレギュラーを上手く避けて回されたらしい。
そう結論付け、取り敢えず俺個人の練習はレギュラーがいれば問題ないから、後はいつも通り支持し、後は真田に任せておく。一人にならない方が良いだろうと、コートから離れずに赤也のフォームとかを見ていると、隣にいつの間にか、仁王がやって来ていた。

練習しろよと言えば、「おまんもじゃろ」とサラッと返って来る。すぐに「俺は部長として部員のフォームチェックしてるから良いんだよ」と返した。
そうすると、今度は少し真面目な顔になり、仁王はさっきまでの俺と同じようにコートを眺めたまま口を開いた。



「お前さんの噂、凄い事になっちょるぜよ。…昨日、部活遅れて来たじゃろ。来る前、何があった」

「――ッ!」



レギュラーは知らないとばかり思っていたのに、仁王は知ってたのか……。まぁ仁王や柳だと、知ってても妙に納得するんだけど…。そんな事を思いながらも、昨日の一部始終を話してやる。



「ふーん、そんな事がのう…」

「そう、そんな事があった訳。お陰でさっきから視線が半端ないよ」

「あぁ、アイツらも気付いとるよ。赤也が気付いてて、柳生が不愉快そうな顔するぐらいだからよっぽどじゃな」

「言えてるね」



相変わらず他のレギュラーの試合を見たまま、いつも通りに会話する俺たち。



「…俺はおまんの言った事を信じる」



いきなりポツンと言われる言葉に、一瞬反応が遅くなりながらも、「ありがとう」とだけは返す。
「アイツらの耳にも放課後までには十中八九入るだろうが、まぁ問題ないじゃろ。安心しんしゃい」そう言ってくれる仁王に、俺は小さく笑みを浮かべた。



「うん、知ってる」



誰が噂を信じても、レギュラーだけは大丈夫だという確信はあった――。

何たってコイツ等は、俺を“神の子幸村精市”としてじゃなく、“ただの幸村精市”として見てくれる、数少ない本物の仲間なんだから。







案の定、レギュラーは全員当たり前の様に信じてくれた。

まずは柳に朝練終了後、「精市が嵌められた可能性は120パーセントだが、詳しい状況を昼休みに話てくれ」と言われた。やっぱり知ってたか…、と思ったよ。
で、次に、SHRが終わった段階で赤也とブン太が俺の教室にすっ飛んで来た。「幸村部長ー!アレってどういう事っスか!」と騒ぐ赤也をひとまず追い返すのが大変だった…。ブン太は仁王が連れ帰ってくれて、説明もしとくとメールが入っていた。
次は廊下で鉢合わせた真田に「…大丈夫か」と言われ、「下らん噂など相手にする必要は無い」とも言われた。真田らしくて思わず笑ったよ。いつものようにたるんどるって言わなかったのは、俺が注目されるのを避けるためかな…?

そして昼休みに屋上に行くと、柳生とジャッカルも含めた全員がいて、皆仁王と同じように俺の説明を信じてくれた。



「幸村君はそのような事をする方ではありませんから」

「だいたい矛盾だらけじゃ。殴られたとか言っとる頬、右なんじゃと。幸村が真田みたく裏拳で殴ったちゅうんか。有り得んぜよ」

「うわ、マジかよぃ。確かに有り得ねぇ。…つーか幸村君がそんな感情的な事するわけねぇのにな」

「あぁ、幸村がテニス部の不利になる事するとは思えないからな」

「信じてる他のヤツ等がバカなんスよ!あぁぁぶっ潰してぇぇ!」

「やめんか馬鹿者が。余計幸村やテニス部の立場が悪くなるだけだ。まずはその矛盾点とやらを周囲に気付かせるべきだ」

「弦一郎のいう通りだ。そう興奮しなくても、直接手を下す以外にも、潰す方法はある。そう事態の収束に時間はかからないだろう」



好き勝手に話してるけど、皆俺の事を考えてくれている。それが嬉しい。

迷惑かけちゃってごめんって思うけど、誰も俺の謝罪なんか望んでないのがわかるから、何も言わない。その代わり、解決したら何か奢らないとね。





「皆、ありがとう。さっさと解決して、こんな不愉快な言い掛かりを信じた奴らに目にモノを見せてやろう」



勿論アノ女には痛い目にあってもらうよ。という俺に、不適に笑う奴、よっしゃーと叫ぶ奴、真面目に頷く。皆それぞれの反応をする。
全員の声が一つに重なった。



「イエッサー!!」








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