黒球連載
□生者の行進
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Act.11 きょうだい
「ーー…!ーーー七海!!」
気分が憂うつになりそうな曇天が続く1月の教室。
気さくな性格とスポーツ選手を思わせる爽やかなルックスで、女の子に人気の歴史の先生に呼ばれて、真っ先に「しまったぁぁぁ」と後悔した私は、全身の毛が逆立つ思いで窓の外に向けていた視線をギギギと戻した。
目の前で仁王立ちで見下ろしてくる先生とばっちり目が合い、冷や汗がタラリと背筋を伝う。
「は、はい」
「はいじゃないだろ〜?正月ボケがまだぬけてないのか?そろそろ気合い入れて聞いてないとどうなっても知らないぞー」
そう言って頭をわしゃわしゃと撫でてくる先生は、先月まで名前もまともに覚えてくれていなかった先生だ。
先月、一気に学年3位までのぼり詰めるという快挙を成し遂げて以来、クラスの皆や先生達の私に対する態度がガラリと変わった。
以前は遅刻魔が祟って誰も進んで話しかけてこなかったのに、それが一変。今では誰かに声を掛けられない日はない生活を送っている。
全員じゃないが、一部の生徒が行くところしつこく着いてきたり、メアド教えろとねだってくるタチの悪い者も出てきて、少々うんざりだ。
先生達も大概で、遅れている3カ月分の補習は自分が担当する!と我先に立候補して子供のように揉めていた。
そのしょうもない争いの裏には、彼らの業績アップ目当てというこれまたしょうもない理由が絡んでいるのが明白だ。
そんな不毛な争いに終止符を打ったのが、目の前のこの先生だった。
彼は真面目な顔でジャンケンを提案し、実行し、見事勝利したのである。
先生の中ではまともな性格をしている彼だが、実のところ彼が一番苦手だった。
人柄とかじゃない。むしろそれだけ見たら、この学校には珍しいくらい生徒思いのいい人だ。
「すみませ………え?…ええっ?」
謝りながら黒板の字を目で追い、絶句した。
確か今日は鎌倉初期から始まったはずなのに、黒板の内容はすでに室町時代に突入してしまっているではないか。
……そう、この人の授業は、ペースがおっそろしく早いのだ。
「せ、先生、源頼朝がいつのまにか亡き人に…」
「おいおい何時の話をしてるんだ。過ぎた過去を振り返っちゃいけやいぞ。現実を見なさい」
「……」
それ、歴史の先生(アナタ)が言ったら終わりじゃね?とつっこみたくなる台詞に開いた口が塞がらないでいると、先生は少年のような笑顔を浮かべて言った。
「先生は戦国時代まで突っ走るからな」
思わず殴り飛ばしたくなったのは言うまでもない。
どうやら先生は、早く戦国について語りたいが為に、鎌倉時代を1日で終わらせるという暴挙に出たらしい。
先生は戦国時代が好きだ。三度の飯より戦国時代が大好きだ。
(この人戦国時代語るためなら、どんな犠牲もいとわないつもりだ…!)
このままでは、室町も踏み倒されるのは目に見えていて、もはや危機感しか感じない。
「鎌倉についてはプリントにまとめといたから、テストまでに自分達でやっておくように。室町時代の分は次の授業で配る。質問は随時受けつけるから、自分で調べてどうしても分からないところがあれば聞きにこいよー。おっと、それからこれは今週のレポート課題。来週の頭に提出な。受け取った奴から解・散!」
まともな事を言っているようで至極まともじゃなかった。
爽やかな笑顔にうっとりしている女子は置いといて、ぱっと見確認できるで男子の9割弱が殺気だった視線を彼に向けている。残りはこの騒ぎにも関わらず爆睡している強者だ。
軽く教科書より厚いんじゃないかと思うくらい、どっしりと重みのあるプリントの束を渡され溜め息をつく。
自分から学ぶことは大事だけど、ここまでくればただの授業放棄だ。
だけど先生は、現役時代に受験した一流大学全ての歴史のテストで満点を叩き出すと言う偉業を成し遂げているので、多少のワガママや無茶ぶりは許されている。もちろん学校側は彼のやり方に何も言ってこない。
生徒が殺気立っているのに全く気づかない先生は、今日一番の爽やかな笑顔で笑った。
「あ、七海は放課後補習だからな!逃げるなよー」