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□薬指の幸せ
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―――私はここから新たな人生を歩んでいくんだ。

国際空港のターミナルの内で私は決意を固めていた。
迷いはない。ずっと夢だった通訳として活躍できるんだから海外で生活することだって厭わない。
ただ少し後ろ髪を引かれるとするなら幼なじみの存在だ。
本人は私になにも話さないし、私も無理に聞いたりはしなかった。
でも確実に何かに悩んでいる。そんな気がした。
周囲から見たら大きな変化はそれほどないように見えるのだろうけど、彼は絶対になにか抱えている。

深く考え込んでいたらしく、名前を呼ばれていると自覚するのに時間が掛かった。
.....というより今、名前呼ばれた?
両親には見送り不要って言ったし、例の幼なじみには言うだけ言ったけど薄い反応しか返してもらえなかった。
じゃあ、呼んだのは?
ばっ、と振り返ったら例の幼なじみが片手をひらひら振りながら立っていた。


「た、猛っ!?なんでここにいるの!?」


見知った姿の人物は例の幼なじみ、達海猛だった。
予想外すぎて目を瞬かせていたらこれまた予想外の返答が返ってきた。


「ん?イングランドのチームからオファーが来たから移籍することにしたんだよ。」


唖然としてしまった。そしてまさかと疑った。
なんせ私が通訳として付く相手はイングランドのサッカーチームに移籍してくる日本人なのだから。
違うかもしれないが条件が一致しすぎている。


「もしかしてお前が俺の通訳?
日本からわざわざ呼んだ大和撫子らしいって、笠っさんが言ってたから楽しみにしてたのにまさかお前?」


「そう.....かも。というより悪かったわね、期待を裏切って。」


「いや、どっかの大和撫子よりお前で良かったよ。」


ニヒーっと独特な笑みを浮かべる猛を一瞥してすぐに視線を外した。

猛は本心を言ったみたい。



それからは無言状態だった。
日本を発つまであと25分。
どうやって過ごそう。
日本での残り僅かな時間を考えながらも通訳の相手が猛で良かったと彼のように安心した。本人には絶対に言わないけど。
でも1つ疑問が浮かんだ。


「ねぇ、いいの?ETU離れて。好きなんでしょ?」


「.....いいんだよ。俺が決めたことなんだから。」


「ふーん......深くは追求しないけど猛が決めたなら大丈夫だよ。」


気の利いた言葉が言えなくて私はただ行き交う人達を見ていた。
すると猛が「うん、ありがとね。」と呟いて、私はそれに頷いて返すだけだった。
残り時間は20分になった。


「そろそろ行く?」


「.....そーだな。」


搭乗口に向かって歩きだそうとしたら猛の方が一歩早く、歩き始めた。
私の手を取って―――手といっても猛は私と手を繋ぐといつも中途半端な握り方をする。
今もそうであって、猛は私の薬指だけを掴んで歩いていく。

表情は見えないけど、ここに来るまで色々悩んだに違いない。それもいつも以上に。
私はそれを知らない。
知りたいけど無理強いはさせたくないから聞かない。
でもこんなに悩みを背追い込んでるのに逃げ出したりしない。
いつでも精一杯頑張ろうとしている。
そして私の指を決して放そうとしない。
私にできることは少ないかもしれない。むしろないかもしれない。
けれど猛がこうやっていつでも私の指を引いてくるなら傍にいたい。きっと気の利いたことは言えないけど.....
幼なじみの使命感とか、同情とかじゃなくて、人間として大きな魅力を持つ猛に悩み事でつまづいてほしくない。


「頑張ろうね、猛」


「当たり前だろー。
行くからには頑張るに決まってんじゃん。」


猛の声は少しだけ吹っ切れた声色をしていた。
安心して笑ってその背中を見つめてから、私は左手の唯一温かく感じられる指を見た。








なんの拘束力もないけど、なにより強い繋がり











あとがき

GK企画『こころ』に提出させていただきます!
「薬指の幸せ」だからプロポーズネタを考えていたんですが、指輪だけが薬指の幸せとは限らない気がしたのでこんな話になりました!

最後まで読んでくださってありがとうございましたm(__)m
2011/01/15/16:43

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