★星屑V★

□夢見る頃を過ぎても
2ページ/4ページ










昨日の晩、布団の中からりかに


『明日ねねと行くからよろしく』


至極簡単な挨拶を送ると、


『うん待ってるー』


珍しいことにすぐに返事が来た。


そして間を空けず



『ねねおまだ起きてる?』


と訊かれ、何も考えずに


『おきてるで』


返して思わず「あ」と声が出た。
それに反応した彼女が隣で


「なぁに?」


こちらを向いた瞬間、彼女の携帯が鳴った。



「え?かなめさんだ」



ショッキングピンクの電話の画面を私に見せてくる彼女に、
”早く出てやれ”クイと顎を上げて指示すると、
”いいの?”という顔をしてくるので、
”いいで”深く頷いてやる。
すると彼女は律儀に起き上がり、両手で布団をずり上げて胸元を隠し居住まいを正すと、コンと一つ咳払いをしてから電話に出た。


「もしもし?かなめさん?」


けれどどうにも隠し切れない気怠さを含んだ甘く掠れ気味の声。
りかならばこちらの状況などすぐに解るはずだ。

僅かな優越感に浸りつつ、私は頭の下で両手を組み、時折柔らかにしなる無防備にさらけ出された白い背中の湾曲をボーッと眺めながら、話が終わるのをおとなしく待った。


とは言え「お疲れ様です」から始まったはずの会話が随分砕けた雰囲気に変わったのが面白くなくて、布団の中で彼女の太もも辺りを軽く蹴ってやると、チラッとこちらを振り向いただけでまたすぐに向き直り話を続ける。

今更自分以外の誰かと電話することぐらいでいちいち目くじら立てるなんてこともしなくなったけれど、さっきまでこの腕の中にいた彼女がそのままの姿でこちらには見えない会話をし、しかもその相手がりかとなれば、愉快ではない。


今度は背中の真ん中を通る一筋の綺麗な窪みを、軽く爪を立てた人差し指でなぞり上げてみた。
「ハッ」と吸い込んだ息をすぐにまた「ンッ…」と小さく吐き、まるで白絹が波打つような理想的な反応を見せる。
これでようやく自分のところに帰ってくると思ったのだが、


「ダーメ」


肩ごしに口の動きでたった一言いなされただけで、あっさり終了した。



「もういいやろ明日にし明日会った時に」



起き上がって電話を取り上げ勝手に切る。



「アッ!んもうホントに切っちゃったの!?」



案の定呆れた顔で言われた。



「切ったった」


自信満々に答えると、


「私にとっては他組のトップさんで
   上級生の方なんだから
         こんな切り方したら―」


独り言とお小言の間みたいに言い出したので



「切ったのわたしって分かってるから
               平気やで」


これまた自信満々に教えてやった。



察しの良いりかのことだ。
初めから私の隣に彼女がいることを承知で尋ねたに違いない。
オフの深夜、ふたりがどんな状況でいるのかも。
電話口から伝わる空気を敏感に感じ取り、それを確信に変えて。

相変わらず趣味の悪い遊びを仕掛けてきたりかに、相変わらずまんまと引っ掛けられる私。



「どういうこと…?」



そして何も知らないお姫様。



細かいことを訊かれる前に、私は半身を翻して華奢な二つの肩を掴み、そのまま彼女を再びベッドに押し倒す。
薄く口を開いて一息に近づくと


「―ちょっと思い出しちゃった」


目の前の小さな唇が動いて止められた。


「なに?」


「ずっと昔みたいな気もするけど…」


「三人でいた頃?」


「そう」


「つい昨日のことみたいにも思えるしな」


「なんか不思議」


「懐かしくなるな」


「ほんと…」










あの頃に戻りたい―


とは思わないけれど。


ひときわ私たちの胸に深く刻まれた時の轍。
今よりもっと不器用で、何もかもが手探りだった、あの頃。






時計の針は、チクタクと時を刻む。






静かに深く唇を重ね
静かに強く躰を重ね





私たちは、

過ぎ行く時間を


抱きしめた――――。






.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ