★星屑U★

□ごほうび
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「先生!
 やっぱり抱っこします!!
 って言うか、
 しなあかんと思うんです
  や、したいんです!!!」




もう初日も目前に迫ったある日、どうしても譲れない思いを抱え悶々としていた私は、とうとう思い切ってその事を口にした。

隣では、そんな私の勢いに押されたのか、ほんの一瞬肩をピクリとさせ「えっ!?」と小さく叫ぶ彼女。


「な?良いやんな!?
 やろーや!
絶対やった方が良いって!」

「…だけどちえさん…」


眉を八の字に下げたまま、彼女の言葉はその先へは繋がらなかった。



「良いですよね?
私が平気や言うてんからなんも問題無いですよね!?」







結局これがきっかけとなり
私が意見を押し切る形で芝居の最後の演出は変更された。

与えられたものを忠実にこなす事。
何を措いてもそれが私達の一番の命題ではあるけれど
僭越なのは承知の上で、私はこれまでにも何度か最善を求めて自分の意見を訴えて来た。
そして結果、幸いなことにそれが後にファンの人達から評価を受けることも多かった。


それに…


相手役としては少しこちらが物足りなく思うほど私に対して淡白に接してくる事の多い彼女も、
こんな時は決まって、少し子供じみた言い方だが
"私の味方"でいてくれる。
間違っていることは間違っていると臆せず言う彼女が

『ちえさんが仰ってる方が
 絶対良いと思います私』

『その方が、絶対絶対
 素敵な場面になります!
       絶対っ!!』

こんな風に私に賛同してくれることが、何度となく私の勇気になって来た。



「ちえさん、
 でもやっぱり私…」



しかし、今回ばかりは演出家の決定が下っても尚渋り続ける様子に



「大丈夫やって。
   ゆーたやろ!」


私は態と少し怒った口振りで答える。



「ちょっとの距離…
    かもですけど、
 私…自信無い…。
 毎日だしそれに
    ちえさん、腰…」


「あ!!!
 もうそれ以上言うたら
  ほんまに怒んでッ!」


「スミマセン。。。。。」



「だってさあ、最初に映画のDVD観てきた次の日の朝
"あの最後のシーンがキュンとくる"て言うてたやん」




まだ前の作品がかかっている最中、ポスター撮りのイメージ作りの為時間を何とか作り、名作と名高い原作映画を観た。
本当は二人で観るつもりだった私は何故だかあっさり振られ、それぞれに翌朝感想を言い合う事になった訳なのだが。


『大好きな人が突然迎えに来てくれてお姫様抱っこされちゃうなんて、女の子としてこれ以上の幸せは無いって感じですよねッ!!!』



彼女は本来いつだってその時の役と向き合うことで精一杯で、なかなか"次の作品の予習"なんてことまでは手の回らないタイプだ。
だから私が思い入れたっぷりに熱く次の作品について語っても、大概はその温度差に軽くショックを受けたりするのもまた既に恒例となっていたりする。

けれど今回ばかりは珍しく
翌朝早々に最後のシーンについて興奮気味に私に語って来たのだ。

当然私にとってもその場面は重要で、ましてやそんな風に彼女が思うシーンを、二人でまた創れることを心待ちにして稽古に臨んだのだった。







ところがだ。



まだ立ち稽古も始まって早々に



「最後は手繋いで
     銀橋渡って
そのまま下花はけやから」


意外な指示がサラッと先生の口から出た。


「えッ!?
 何でですかッ!!!」


思わず強い口調で聞き返してしまった私に返って来たのは、演出家としての至極真っ当な判断を、
若干苛立ちさえ覚えている私を見抜いてか、ゆっくり噛み砕いての説明だった。







要するに、女性にそれをさせるのは酷だと。


「いくらちえでもなあ(笑)」


冗談めかしてはいたけれど
それは既に演出家の手を離れ、会社としての決定事項のようであることは私にも解った。


原作に忠実にあろうとすれば、相当な距離を恐らくは歌いながら、と言うことになる。
過去にもそんな演出がついた作品はあったが、当然出演者の負担が大き過ぎたと。
そして何より、私自身が故障の経験を持っているということ…


「ま、
 何しろリスキーやねん」


「そうですか……。」




その時は結局、どうしても欲しかったおもちゃを買ってもらえない理由を沢山並べられ諭された子供のように、駄々を捏ねる力も無くし、ただガックリと肩を落とすだけだった。




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