★星屑V★
□トリセツ〜彼女の機嫌が悪い理由(ワケ)〜
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「な、なんか…
怒って、るん…」
「そー見えますかー」
アクセント記号をまるで無視した抑揚の無い平坦な返事。
あんなにいつも私をくすぐる、甘く転がる可愛い声はいったいどこへ消えたのか。
「う、うーん…
そー見え、るぅ…」
「じゃそーなんじゃ
ないですかあー」
人は…
いや彼女は、本気で怒るとこうして必要以上に冷静になる。
そう
こんな時の彼女は、
取り扱い注意だ。
私の部屋に先に着いていたのは彼女だ。
同期と食事にでも行っていたのかもしれない。
11時をまわろうかというこの時間になっても、彼女はまだ数時間前楽屋で別れた時と同じ格好のままだった。
鍵は二十日ほど前に渡していた。
受け取るのをしばらく拒んでいたけれど、取り敢えずこの東京にいる間だけだから持っておけと強く言うと、彼女にしては珍しく素直にそれを受け取った。
結局その後は私が待つ部屋へ彼女が来たり、二人一緒に帰宅したり、彼女が一人でその鍵を使ったのは今夜が初めてのことだった。
「なにしてたあ〜ん?」
ただいまの代わりにそう言いながら玄関のドアを開けた数分前。
眠くなったら待たずに先に寝ていろと自分で言っておきながら、「お帰りなさあ〜い☆」と笑顔で迎えてくれることを当然のように期待していた私を待っていたのは
「お疲れさまでしたー」
一目で不機嫌だと分かる顔だった。
いかにもケンカになりそうな雲行きだった。
そして、件の通り。
怒っているのかとびくびく尋ねる様は我ながら情けなかったが、こんな時の私は、強気に問い質す勇気は残念ながら持ち合わせていない。
殊、彼女に対しては。
しかしそれが彼女の怒りを増長させていることもまた確かな訳で…
とにかく。
今できる唯一の事と言えば、この事態を最小限に収めるよう、プライドをかなぐり捨て努めることだけなのだ。
「ね、ねねちゃぁん…
…これ…
食べるぅ…?」
まずは好物で機嫌を直すという古典的手法を試みる。
ついさっき私は、自分宛ての山の様な贈り物の中から、部屋で待つ人の近頃一番お気に入りだという代物を目ざとく見つけ、自分の夕食の入った袋とそれだけを二つ、意気揚々とぶら下げて帰って来たのだ。
喜ぶ顔を見たい一心だったのだけれど、使い道が少々変更になってしまったのはいたしかたない。
「なんですかー」
「チョコレートぉ…」
「どれー」
「…ほらこれぇ!!!
ねねが気に入ってた―」
「―――遠慮しときます」
「ど、どーして!?!?
好きやろッ!?
良いんやでッ!?
今日は我慢しんくって!」
「ちえさんになのに
申し訳無いですから。
それにともみさんに
この前また頂いたの。
それまだありますから」
普段以上に滑舌良く早口で返される言葉に、私の心はいとも簡単に折れかかる。
「そ、そーなん…やぁ……」
敢え無く作戦は失敗に終わった。敵もそう単純ではない。
「ね、ねねえ…」
けれど諦めるにはまだ早い。そんな私にも秘策はある。
「なんですかー」
相変わらずのぶっきら棒な返事。
「こっち来ーやあ…」
「ど、どーしてー?……」
睨みつけるように眉間にしわを作ったつもりだろうが
「いいから早くー」
「…え…えー……//」
ほら
敵は今、
ほんの少しだけ
私の言葉に
ドキドキしている。
形勢逆転まであと一歩。
「こっちおいで」
顎を上げるだけの仕草で強気に呼ぶと
「なぁにぃー…///」
のろのろと、怠惰な足取りでやって来る。
しかしその不服そうな顔にはもう、何かへの予感が滲み出ていた。
両腕を、掴んで引き寄せ
「――ちょっとちえさんッ」
「うるさい」
「ちょっともうっ///!!!」
―――――抱きしめる。
これで、
降参だよね?
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