★星屑V★

□前奏曲〜Prelude〜
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「明日何時に起きんの?」

「ん〜7時、ですかね」

「じゃ起こしたるわ」

「大丈夫ですよ(笑)」

「ほんなら何時に出んの?」

「9時には出た方がいいですよね?」

「そんなん知らん」

「ですよね(笑)」

「いっぺん自分で計算してみ」

「えーっとだから一番乗り換え少ないので行くと…」

「送ってったろ」

「えっ?」

「会場の場所も知らんねやろどーせ」

「ちえさん行かれたことあるんですか?」

「ない」

「キッパリ(笑)」

「んなもん場所ぐらい地図見たらすぐやし」

「自分で行けるからいいですよ(笑)」

「じゃ帰り迎えに―」

「何時になるかわからないから」

「…まあ、そやろな…」

「…ちえさん?」

「なに?」

「ありがとうございます、でも心ぱ―」

「べ、別に心配なんてしてへんし」

「…………そっか、そう、ですよね…」

「え?」

「うんんなんでも」

「なんでもないことないやろ」

「……………」

「なに?」

「やっぱりいいですっ」

「また始まったー、はっきり言いーや」

「…あの…」

「うん」

「えっとその…送って…頂いたりなんて―」

「えっ?ほんまに??」

「冗談だったんですか!?」

「冗談ちゃうよ(笑)」

「じゃあ…ほんとに?…ほんとに…いいの??」

「…てかそっちこそいいのん?」

「なにがですか?」

「嫌なんかと思って」

「嫌なわけないじゃないですかっ!!」

「そ?(笑)」

「うん(笑)」







新しい道を歩き出した私たちは、まだ何もかもが手探りだ。











「もしかしてちょっと早すぎ?」

「意外と近かったですね
  ―って朝から送って貰った分際で言う(笑)」

「ほんまやわ(笑)でどうすんの?」

「早めだけど、入ります」

「ん、そうしとき」



膝の上に抱えていたちょこを私に返すと、彼女は助手席からピョンと降り立った。
出先で一時間ばかり別行動をする時みたいに、あるいは美容院の前で落としてやるときのように、いつも通りの軽やかさで。

けれど先程、そろそろ目的地だと告げた後、譜面をファイルに戻す手がわずかに震えていたのをわたしは知っている。


「緊張してんの」

「そりゃしますよ」

「ほんまに?(笑)」

「もう(笑)」



それでも「いってきまあす」と、こんな日にものんびりとした口ぶりと朗らかな笑顔を見せるねねに私は、「がんばりや」とは言わなかった。
頑張るに決まっているから。そんなこと、わかっているから。
だから私は、「ん」とひとつ大きく頷いた他は、いつも通りに見送った。




ほんの少し歩き出しただけの背中が、あっという間に遠くなる。
ハンドルにもたれるように両手をかけ、その上に顎を置き、しばらくの間、短く切り揃えられた髪がふわふわと揺れゆくのを見ていた。



そして、彼女はそのまま角を曲がった。
あっけなくその姿が消える。



(別にいいんやけどさ、最後に一回くらいこっち振り返るとか普通しいひん?)



ため息をついて、背もたれにがっくりと体を預ける。と同時に携帯が鳴った。





『なに?忘れもんでもしたん?』


『してないです』


『じゃ何?』


『――――――――』


『ちょおっとおー、今そんな黙られたら心配になるやん』


『ぁ………いま…"心配"って…』


『あ?』


『いやすいませんなんでもっ』



(…ったく)


心配してないわけが、ないのに。
心配せずにいられるわけが、ないのに。




『ねね』


『はい』



けれどわたしは言う。



『――信じてる、から』


『ぇっ?』



これまでも、これからも。
君が、君自身に恥じぬよう、頑張ること。




そしてわたしはもう一度言う。



『信じてるから、大丈夫やで』




全幅の信頼を寄せるただひとりの相手。それでも彼女に対する心配ごとは尽きなくて、存在そのものを自分に内包することでしか、不安を解決できなかった日々。
相反する二つの感情は、きっとこれからもわたしの中で同居し続けるに違いない。
けれどももう、自立せねば。




誰よりも、このわたしが―。



だから多分、二度目の言葉の半分は、自分自身に言い聞かせていたのだと思う。




『―はい』



そのことを察したのかどうかは分からないが、ねねからの返事は、凛とした中にどこか暖かさのある響きだった。






そして。



『…ちえさん、』


『ん?』


『…わがまま言っても…いいですか…?』


『そら内容にもよるやろ』


『そっか、そうですよね…』


『ウソウソ(笑)いいから言ってみ?』


『あの…』


『うん』


『――ぇっとぉ……今日の…夜も…お邪魔したい…デス…』


『へっ?』


『ダメですよねっていうか図々しいですよねちえさんお忙しいのにどさくさに紛れて何言ってんだろな私っ…』


『いいで(笑)』


『ッ!』


『そんなに?(笑)』


『…………ほん…とに?』


『うん、ほんまに(笑)』



まったく彼女ときたら。
こんなふうに、切羽詰まった時に、勢い余って、どさくさ紛れに、まるで捨て身覚悟みたいにしか、わたしに甘えられないなんて。


やれやれ、いったい誰が、そんなふうに躾たのやら…。



『終わったらとりあえず連絡しーや』


『しますします!あでももし急に無理とかだったらそう言ってください!』


『わかったわかった(笑)』


『じゃあ、いってきますっ』


『ん、いってらっしゃい』




大丈夫、君を信じて、待っているから。









けれど




歩き出したその先に、わたしが君にみせてやれなかった世界が、広がっていたとしたら。


それでも君はわたしのもとへ、帰ってきてくれるだろうか。



歩き出したその先に、わたしの知らないものを、君が見つけたとしたら。


それでも君は、遠慮がちにはにかみながら、わたしに包み隠さず話してくれるだろうか。





不安が無いと言ったら嘘になる。






それでも―



これからはじまる物語。








さあ、慣れない料理の準備をしなくては。
今日ぐらいは思う存分甘えさせてやろう。




わたしは、私たちふたりの未来へと、力強くアクセルを踏んだ。





End


 

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