★星屑V★

□真夏の一秒
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〜side A〜




「ねぇしーらん、明日さーあ?」


「デートやろ?」



彼女はブンブンと首を振った。

休演日を翌日に控えた公演がはけた後は、出掛けるためにバタバタと支度をする者と、反対に、いつもよりものんびりと化粧を落としたり、頼んでおいた飲み物や食事を口にしながら談笑する者とに分かれる。
今日の私たちは後者だ。



「あれ?ちゃうかったっけ」


「中止になった」



「なんで?とうとう
    フラれたん(笑)」


「とうとうってなによー!
  お仕事ですぅ、ちえさんの」


ぶんむくれた顔が、憎たらしいが可愛い。



「ならしゃーないな」


「うん、しゃーない……。
   ――でねっ、しーらん
      一緒行こっ?映画!」


「行こう?」というよりむしろ「行ってあげる!」に近いニュアンスはいつものことだ。



「あーっと無理やわ、
  ごめんけど予定あんねやんか」


「うそーなんでえー!
     そんなの聞いてない!」



そりゃあそうだろう。
そもそも予定など無いんだから。



「また別な日に
  ちえさんと行ったらいいやん」


それが何よりの平和的解決だ。



「そのちえさんが
  『ガッツと行って来い』
     って言うんだもん……」


「なんや、やっぱフラれ――」


「本気で言ってるッ!?」


「あーさーせん(笑)」


「もおッ」



普段通りにプンプンしつつも、いつになくしょ気ているのが気になって、私は頼まれてもいないのに、余計なお世話をかって出た。







「ねねー、この前二人で
  ドライブ行ったとこあるやろ?」


丁度ちえさんがお風呂から戻って来るのを見計らって、聞こえよがしに大きな声で言った。


「ドライブってどれぇ?
  色々行ってるもん
  いつのか分かんないよお〜」


私の意図することに気付かない様子の彼女らしい能天気な答えが返ってくる。
すると、離れた場所からは、お風呂用の岡持ちを置く音が明らかに乱暴に響いた。
予定通りの成り行きに、私は先を続ける。



「二人で行ったやつやで
  夕飯食べた後夜景観に連れてったやろ」


「あーうんうんっ!
  私あそこ気に入ったあ♪」


「今朝テレビでな
  穴場デートスポットて
  紹介されててんですごいやろ!」


「へえーすごおーい」


「また連れてったるわ!」


「やったー行く行くっ♪」



その後れんたが「いいなーいいなー壱城さんが運転で姫が助手席ならオレ後ろで良いから一緒に行きたい!」と騒ぎ始めたが、今は構っている暇はないので放っておいた。
その間、鏡越しのちえさんは、手早い仕草で眉を描いていた。
終演後の普段化粧をあんなに険しい顔でするのは見たことがない。



「ねぇいつ行くぅ?いつにするぅ?」


「え!?ねねさん
 一緒に行ってもいいんすかッ!?」


「れん君には聞いてなあーい(笑)」




そうこうしている間にすっかり帰り支度を済ませたちえさんは



「おつかれさまー」



大部屋全体に聞こえるように言うと、私達の返事を待たずに楽屋を出て行こうとした。
けれどすぐに、忘れ物を思い出したような仕草で立ち止まり半身ほど振り返ると、こちらに向かって何か言おうと口を開く。
私は「ヨシ来た!」と自分のナイスアシストに心の中でガッツポーズをした。

ところが次の瞬間ねねが、


「お疲れさまでしたあ〜」




と返してしまったもんだから、ちえさんはその口を閉じ、明らかに言いかけた言葉をゴクリと呑み込んだ。
そして、まるでその言葉を腹に落とすように「ん」と深く頷いただけで、まさこさんと連れ立って、楽屋を後にしたのだった。





隣のねねはと言えば、そんなちえさんの姿がなくなってからもしばらくの間、その場所をボーっと見ていたかと思うと、小さく溜め息を漏らし、かと思ったら急に


「さ〜てとっ、お風呂行こお〜っと☆」


と両手で伸びをしながらやたらと明るく宣言をして、勢い良く立ち上がる。


「ねね?」


「ん?なあに?」


「あ、いやなんでも」


「変なのっ」





「変なのは自分やろ」とは、言えなかった。






「先行っちゃうよ?」


「あーいいで」




一見いつも通りのねねが席を立ち、化粧前にひとり残された私の背中を、バシッと叩いてくる人が。


「イーッタ!」


「壱城ちゃん!あんたちょっと
     話ややこしくしてんで」



さゆみさんに窘められたけれど、今更後の祭りだった。




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