歪みの国のアリス

□嫌い。だから嫌い
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その顔も、声も、流れる髪も、見る人が見れば愛くるしく見えるらしい。
だが僕は生憎猫であるから、その人物を可愛いと思ったり感じたりしたことは無い。

「猫が可愛いと思ったことは無いわ」

首でも生意気なんですもの。そう言って女王は僕の首をはねた。

「猫は導くものだから、可愛さなんて必要ないのさ」

目まぐるしく回転する視界の中そう口にした後、引力に負けて地面に叩きつけられる。
体も司令塔を失って仰向けに倒れたが、しばらくすれば意思を持って動きだすだろう。
少し転がってから草むらに落ち着くと、世界が真横に見えた。

「本っ当に可愛くないわ」

女王が鎌の柄を握って僕(頭)のことを睨みつける。気に食わないといった表情だ。
こんな顔も見る人が見れば可愛く見えるのだろうか。

「僕も君を可愛いと思ったことは無いよ」

奇遇でも何でもなく、お互いわかりきっていることだったが、あえて口にせずにはいられなかった。
その事が余計少女の機嫌を損ねるなど、当の昔から知っているが、面と向かって話していると忘れてしまっていた。

「これだから猫は嫌いなのよ」

鎌の柄で小突かれて、僕は地面と向かい合った。
わざとそうなるようにしたに違いない。文句を言いたいが苦しくてそれどころでは無さそうだ。

「そうやって転がっていなさい。あなたなんか私のコレクションに入れたらうるさくてかなわないわ」

僕は今の状態が窒息するほどでは無いが、やはり苦しいし、そのままで居る理由も無いことからなんとか転がろうとした。
すると頭の気持ちを察してか、僕の体が持ち上げてくれた。ついでに顔に付いた土も払うが、なにぶん目が無いので大まかにしか出来なかった。
腕に収まり、

「僕も君のコレクションに加わる気は無いよ。趣味じゃ無いしね」

と少女の首狂いが悪趣味であると指摘しているようににおわせる言葉で返す。
女王は薄い薔薇色のドレスを翻して、僕に背を向ける。しかし、立ち去る気は無いようだ。

「あなたの顔なんてもう見たくないわ。さっさとわたくしの前から消えなさい」

彼女はそういう人なのだ。
背を向けて逃げるように去ることは無く、機嫌が悪くなれば相手に下がれと言う。まったく、妙なところが女王様気質で嫌味だ。

「僕はもともと君に会いに来たんじゃ無い。立ち去れって言うなら初めからちょっかい出さないでほしいね」

僕はのんびりそう言うと、女王の前から去ろうと体に促そうとした。
しかし、それより少し早くに少女は振り返り、

「やっぱりまだここに居なさい。あなたには言い足りない文句が残っているの」

とまた呼び止められた。
わざわざ文句を言いたいがために嫌いな相手を引き留めるとは、要するに彼女は退屈なのだろう。
その言葉に甘んじてその場に留まる僕も、ずいぶんと暇なのだが。

「だいたい、あなたはアリスにちょこっと想われたからって調子に乗り過ぎよ。あなたなんかよりわたくしの方がアリスを想っているのに」

「僕らのアリスが僕らのアリスである限り、僕らがアリスを想う気持ちは変わらないよ。アリスを想う気持ちはみんな平等さ」

「あぁ、アリス。会いたいわ…でも、アリスに会えたならそれはアリスが幸せじゃ無いことになる…。アリスとは会わない今のままが一番アリスにとって良いことなのよね」

「アリスに会いたい」

「会いたいのに会えないだなんて、とんだ悲恋だわ」

「まったくだね」

アリスを想うこの点では僕らでなくとも、歪みの国の住人であれば意見が一致する。

僕らはアリスに会いたいと想う分だけ、アリスに幸せで居て欲しいと願う。





その顔も、声も、流れる髪も、見る人が見れば愛くるしく見えるらしい。
しかし僕は猫だから、彼女の顔にも声にも髪にも興味が無い。
けれどその顔色を伺い、声に立ち止まり、流れる髪に(獲物として)飛びつきたくなる僕は、猫なりに少女のことが気になるのかもしれない。

「あなたって首になっても生意気だけど、退屈しないですむわ」

「そうかい」

「猫も首だけなら、まだ愛着が持てるかもしれないわ」

「そうかい」

「たまにはこうして話すのも悪くないわ。たまにはね」

「まったくだね」








fin.

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