歪みの国のアリス

□肩車
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白い花の香がする。

あぁ、きっとこれは夢なんだ。
だってウサギが人みたいに二本足で立って、洋服まで着て人の言葉を話しているんだもの。



私は小さな私を少し離れた所から見ている。
彼女が小さな手で指差す先を目で追うと、木に咲く白い花があった。
少女は花を頻りに指さし、誰かに伝えたいようだ。

「見て、見て」

小さな私が呼び掛ける。
彼女はその誰かに、自分と同じものを目に映して欲しいのだろう。
一所懸命に見てを繰り返す。

見ているよ

優しい声が白い花の木の下から聞こえる。
私はその人物の姿を捉えようとするが、ぼんやりと朧気でしっかりと見えない。

大丈夫だよ、ちゃんと見ているからねぇ

優しい声は少女に対して返事をしているようだ。
けれど少女は何が気に入らないのか、見てよ見てと繰り返しながらべそをかきはじめた。
その子をあやすように優しい声はますます優しく話し掛ける。

泣かなくてもいいんだよ

その言葉を聞いたことがある気がして、私はもう一度声の主を見やる。
朧気で見えないと思っていた彼は、白い花に紛れるほど白い毛を纏ったウサギだった。
彼は幼い私に歩み寄り、よしよしと頭を撫でた。

「どうしてちゃんと見てくれないの」

ウサギの手を振り払って、頬に涙を伝わせている少女が怒ったように叫んだ。
私は少女が自分だとは言えども、優しくしてくれるウサギに対してその仕打ちは無いだろうと少し腹を立てる。
ウサギは困ったように首を傾げて、少女の頭を撫でた手を所在なく浮かせていた。

「あれは私なのよ」

少女の差すあれが花の事だと分かり、また花に目をやる。
相変わらず白く、何とも言えずいい香りをさせている花がそこにある。
匂いが思い出を蘇らせると言ったのは誰だったろうか、と考えていると花が揺れた。
風は全く感じなかったし、ひとつの花だけが揺れるという妙な揺れ方だった。
揺れたせいか、花びらがひとつ私の足元に落ちてきた。

何の花だっけ、これ

そう思って花びらを拾おうと無意識に手を伸ばしていた。
指先に触れるか触れないかというところで、白かった花びらが音もなく赤黒く変わった。

ひ、と自分の声とは思えない小さな悲鳴が口から漏れる。

手を引っ込めた時に、そういえば夢の中なのにちゃんと体が存在する事に気が付いた。
自身の手を見つめていたら、咎めるように少女に言われた。

「目を離しちゃダメ!」

また少女の方を見ると、ウサギと手をつないだ彼女が私を真っ直ぐ見ていた。
けれどその事より驚いたのは、先ほどまで何ともなかった少女の頬が赤黒く腫れていることだった。
一度叩かれて痣になり、それが治らないうちにまた叩かれた跡のようだった。
少女の涙の跡と相俟ってとても痛々しく見え、目をそらした。

「目をそらしたら、ダメ!」

その声が私に向けられたものだとこの時気付く。
だが彼女を表から見ることができず、少女に背を向けた。
すると目の前に白い花の木があった。
みるみるうちにそれは白から赤黒く変わって行く。

これは私だ

怖くてたまらないのに、目を離せない。

これは私の心だ

嫌なことを全て思い出しそうで、私は悲鳴を上げようとしたが、声すら出なかった。

「アリス」

ウサギにそう呼ばれたのが、何故か自分のことだと思い、振り向けはしなかったが声の方に手を伸ばした。
花だったものが抜け殻みたいに木から落ちて地面に吸い込まれていく。
嫌な夢だ。こんなの早く終わって欲しい。
強くそう願うと、ふさふさした何かが後ろに伸ばした手に触れた。

「アリス、それはバラだよ」

そうウサギが言うと、手に触れていた何かが熱を持った気がした。
同時に恐怖が消え去り、目の前に今までなかった赤いバラの花がそびえ立っていた。
体が動くようになっていると分かり、振り向くとウサギが私の手を握ってくれていた。

あなたは、誰

鮮明なバラの赤の後に、彼の血のように赤い瞳を見ると、どこかで会ったことがあったように感じて、そう聞いてみる。
ウサギの代わりに幼い私が答えた。

「白ウサギ」

そのまんまだなと思うと、少女がウサギに抱っこをして欲しそうに両手を伸ばした。
白ウサギは無言で頷くと、小さな私を片手で抱き上げ肩へ誘導した。
とても軽いものを扱うような手付きで、少し違和感があったが夢の中のことだと気にするのを止めた。
少女は白ウサギの肩に座り、ふたつの耳をつかんでその場に落ち着いた。
頬は相変わらず腫れているが、安心したのか涙は流してはいない。

「おいで、シチューを食べよう」

その言葉は私たち二人に向けられたもので、彼の進む方にはテーブルに食事の準備が施されていた。
私は彼に手を引かれるままにそこへ近付いた。
テーブルには二人分のスープ皿とスプーンが向かい合って並んでいる。

「パンが食べたい」

子供用の椅子に腰掛けた私が、白ウサギの服の裾をつかんで言った。

パンは無いんだよ

白ウサギがそのように言ったが、食べたい食べたいと私が繰り返す。

ジャムパンはカビが生えてしまったんだ

「それでもいい。ストロベリージャムパンをちょうだい」

白ウサギは少し迷ってから、僕らのアリス君が望むならと言ってパンを取りに行く。
その場には必然的に私たちだけが向かい合った。

「私が、白ウサギたちを作ったの」

目が合うと、幼い私がしゃべりだした。

「でね、今から白ウサギがシチューとパンを持って来てくれるのよ。私、パンが食べたいの。だからあなたはシチューね」

テーブルにパンの入ったバスケットが置かれる。
私が彼の方を見ると、私のスープ皿にシチューをよそってくれた。

肉、だけ

シチューの具は肉ばかり。
私にはこの肉が何の肉だかわかっている。

…白ウサギ?

何故か彼のことを思い出せそうな気がして、また白ウサギを見上げようとした。











目の前が白一色だ。
そう感じてから、瞼をゆっくりと開く。
カーテン越しの朝の日差しが目に流れ込む。

「あれ、何の夢見たんだろ」

少し伸びをしてから、体を起こす。
夢で誰かに会ったような。
しかし、そんな考えも学校に行かなくちゃという目の前の現実にあっさりと掻き消された。

「亜莉子」

母親に呼ばれ少女は部屋を後にした。

「アリス」

彼女の部屋の中には、彼女のウサギが居た。
優しい目をした彼は、少しずつ自身が歪み始めている事を知らない。
けれど、ウサギは大好きな少女の近くに居ることが幸せだった。












fin.

庭師様、1ヶ月以上お待たせしてしまい大変申し訳ありませんでしたm(_ _)m
思えば、私にとって雪乃は文にしやすいのですが、白ウサギが扱いづらいという事に気付いたのも、リクエストをいただいた1ヶ月前のことでした。

彼のキャラクターを崩したくない。けれど、歪アリのゲーム内だけでは資料が足りない、という葛藤の中、幸せそうなアリスと白ウサギを書けたらな〜と思い、このような文となりました。
白ウサギは好きなんですけど、結構大変でした。大変に思いながらも、リクエストをいただけたのが嬉しくてたまりませんでした♪

庭師様、このような機会を設けていただいて、ありがとうございました。

何だかオチらしいオチも無い文で大変申し訳ありません。
また、ぜひお越し下さいませ。


管理人:美孝

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