歪みの国のアリス

□ありがとう、ばいばい
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お父さんに炎の中から助け出されたのを覚えている。

お母さんに叩かれたことを覚えている。

自分のお腹を刺したことを覚えている。

目が覚めたらそこは放課後の教室だったことを思い出す。

ハリーと絆創膏親方に食べられそうになったことを思い出す。

公爵と公爵夫人の結婚式場を思い出す。

あんパンたちの争いに巻き込まれ、

かびの生えたストロベリージャムパンに俺を食べろと言われ、

廃ビルでパンかシチューを選ぶように言われ、

お茶会に行けば遅いと言われ、

お城に行けば首を切られそうになり、

グリフォンの頭を間違え、

薔薇の迷宮で数時間迷い、

気付いたら病室に寝ていた。

そしたら私の親友が実は白うさぎで、猫の体は私をかばい消えてしまう。


今でも、いろいろなことを覚えている。

大概がろくなことじゃなかった。




白うさぎを刺した感触を覚えている。


否、忘れてはならない。

彼がいたこと。

彼らが居ること。

私の幸せがあなたたちの幸せだということ。

私があなたたちのアリスだということを、忘れてはならない。













「お母さん」

私は今、お母さんのお墓の前に居る。

「私ね、幸せだよ」

供えた花が風に揺れる。

「お母さんに、もっともっと伝えたいことがあるの」

けれど、

「居ないんだよ…ね」

伝えたい相手は、この世に居ない。

「お母さんにも、幸せになって欲しかったな」

涙が零れ落ちそうになり、一人うつむく。

「何を伝えようと思ってたか、わからなくなっちゃった」

しばらくのうち、音もなく流れては落ちる雫を見ていた。

お父さんのお墓にも、手を合わせる。

「お母さんを…お願いします。」

また、少し風が吹いて花を揺らす。

この場所には無いが、自分で作った白うさぎの墓にも手を合わせた。

鳥の鳴き声が聞こえ、遠くで車のクラクションが鳴る。

「…もう、行くね」




私は誰に言うでもなく、空の雲を見つめてつぶやいた。




「ありがとう。…バイバイ」













fin.

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