特に甘いものが好きだったわけじゃない。
でも、小さい頃は兄さんがくれるドロップが好きだった。いや、実際は兄さんがくれるなら何でも良かったのかもしれない。
しかし兄さんがくれるドロップは僕にとってどんな宝石よりも価値があるものだったのだ。







「……ドロップ、」
「あ?」

汚い街の汚い宿の、まだ清潔な部類に入るシーツの上。
兄さんと体を重ねるのは何回目だろうか。
一度や二度ではないのだが、兄さんに体の中から食い尽くされる快感は強烈で……僕は最中に気をどこかへ遣ることが多い。
今回も例に漏れずそのケースで、僕は兄さんに貫かれて揺さぶられ、果てた後に短い夢を見ていたらしい。
兄さんが心配そう、というか怪訝な顔で僕を見下ろしていた。

「ドロップ。兄さんが子供の頃、時々僕にくれたでしょ?」
「あぁ……。つーか、いきなりなんだよ」
「うん、あのドロップは何味だったっけって気になっちゃって」

兄さんの持っていたドロップの缶にはたくさんの果物の絵が描かれていて。ストロベリー、ラズベリー、グレープ、オレンジ、レモン、チェリー……でも僕はそれらの味を味わったことがない。
僕の手に置かれたドロップはいつも白。雪の粒みたいなそれはミント味。
(知っていた。ドロップは僕のためのものじゃないってこと。僕は『あいつ』のおこぼれしか貰えないってこと)

「僕、あんまり好きじゃなかったんだよね。ミント」
「……ジン、」
「でも嬉しかったよ。だって兄さんがくれたものだもの」

兄さんの指に自分の指を絡める。僕の手も冷たいけれど兄さんの手はもっと冷たい。昔はあんなに温かったのに。
兄さんは泣きそうな顔で僕を見ている。昔はいつだって笑顔だったのに。
(僕は、笑っている兄さんが好きだった。兄さんの温かい手が好きだった。兄さんがくれるドロップが好きだった。でも兄さんはいつだって)

「でもね、兄さん。僕のドロップは最初はミント味でも、最後はいつもこの味だった」

本当に欲しいものが手に入らなかったあの頃。いくら手を伸ばしても手にはいらなかったもの。
それが今、僕の中に確かに在る幸せ。
兄さんのなまじりに浮かぶ涙を舐めて、僕は笑いが堪えられなくって。兄さんを抱きしめながらずっと笑った。

「は、ははっ…あは、ははは、美味しいよ、兄さん!兄さんのくれるドロップ、僕大好きっ!だから頂戴、もっと、もっと頂戴!あは、あはははっ……!!」










(涙味ドロップ)
(頂戴、もっと頂戴、なくなるまで頂戴。だってもう僕しかいないでしょう?)











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