※幼少時代捏造。ハザ(テル)ジン。






今日も兄さんはサヤにつきっきり。

(つまらない)

僕は今日も一人で本を読む。
シスターは皺だらけの手で僕の頭を撫でて偉いわね、と何だか辛そうな顔で僕を誉める。

(知ってる……これは『憐れみ』だ)

僕は何だか酷く嫌な気持ちになって、本を抱えて『秘密の場所』に走った。

『秘密の場所』は教会から少し離れた場所にある水車小屋。今は使われていないここに来る者は僕以外誰もいない。
ガタン、ガタンと用をなさない水車がただ軋しんで水の中をくぐっている音が響く薄暗い小屋の中、小さな窓から注ぐ太陽の光がなくなるまで僕は本を読む。

(サヤは体が弱いから、だから兄さんは一緒にいるんだ、しょうがないんだ)

自分にそう言い聞かせても今頃二人が楽しくお喋りしているかと思ったら、本の文字が涙で滲んだ。あの二人の世界に僕は要らないかと思ったら胸が苦しくて、うずくまる。

(僕はこんなに兄さんのことが好きなのに、好きなのに)

声を殺して泣いていたら、ギィッと古い木の扉を開く音がして顔をあげる。

「だ、れ?」

そこにいたのは帽子をかぶった緑の髪に、糸のように細い目のお兄さん。多分、兄さんより年は少し上。

「どうしたんですか?」

知らないお兄さんは膝をついて涙でぐしょぐしょな僕の顔をハンカチで拭いてくれた。

「……兄さんが、妹の相手ばっかりするんだ」

シスターに話しても、「あなたはお兄さんだから我慢なさい」としか言われないことを僕は何故か知らないお兄さんに正直に話した。

「そう、それは酷い。何故お兄さんは妹の相手しかしないんですか?」
「……妹、体が弱いから。僕は男の子で妹、サヤのお兄さんだから、だからワガママ言っちゃ駄目って兄さんもシスターも」

話している内にまたボロボロと涙がこぼれてくる。悔しくて、悲しくて、どうしようもなくて。
そんな僕をお兄さんはギュッと抱きしめてくれた。

「それは悔しかったでしょう。寂しかったでしょう。辛かったでしょう」

今まで嗅いだことのない、不思議ないい匂いが鼻を擽る。
お兄さんの体は兄さんみたいに温かくないけど、お兄さんの腕と言葉に僕の心は温かくなった。
そうしている内にお兄さんの薄い唇が僕の頬に落とされ、ざらついた舌が僕の涙の跡を這う。

「お兄さん?」
「ねぇ、ジン君」

何故知らないお兄さんが僕の名前を知っていたのか。何故僕の頬にキスをしたのか。何故こんなに僕に優しくしてくれるのか。……わからないことはたくさんあったけれど僕にとってはどうでもよい問題だった。何故なら。

「今日から私はキミだけのお兄さんになってさしあげましょう」

その一言が、僕の中の正常な何かを壊したからである。







(偽りの兄弟)








(お兄さんは、兄さんじゃないけど、でも僕だけの、)
(そう、キミだけの『兄さん』)

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ