はじめてのハザジン。せせら笑って許して下さい。








月が怖い。


『初めてお目にかかります、少佐。諜報部のハザマと申します』


僕が『初めて』その男と会った時、感じたのは強い既視感と月を見た時の恐怖だった。





「ハザマ大尉、」
「はい、なんでしょう?」
「……何故お前が僕の執務室で茶など汲んでいる?」

鼻を擽る若い茶葉の香り。恐らく用意されているのは緑茶だろう。
しかし今はそんなことどうでも良い。

「それは少佐がヴァーミリオン少尉を相変わらず遠方に派遣して秘書官が不在だからですよー」
「……秘書官などいなくても仕事に支障はない」

ハザマが遠回しに僕がヴァーミリオン少尉を遠ざけていることを指摘してくるが否定はしない。それに僕の返答は嘘ではない。むしろヴァーミリオン少尉がいることで仕事が滞ることも多い。

「そう言いましても『イカルガの英雄』に秘書官がいないというのも体裁が……」
「そこまでして僕を監視する理由はなんだろうな。他にも監視対象は山といるだろうに」
「……お気づきでしたか」

僕の言葉が予想外だったのか、常に胡散臭い笑みを浮かべているハザマの表情が僅かに驚きで揺らぐ。
わからいでか。
ふん、と小さく鼻で笑ってペンを動かしたままハザマに一瞥をくれてやる。

「気づかない方がおかしい。ヴァーミリオン少尉が派遣された時から変だと思っていた」

軍隊において通常一つの隊に戦力を集中させることはない。戦力の局所配置はクーデターの危険を高める。いくら精鋭部隊を作るにしてもアークエネミーの所持者二人を同じ師団に置くということは何か裏があると考えていい。つまりは互いを抑止力として働かせるために……どちらかが上層部ないし諜報部直轄の駒。

「……『上』に言っておけ。僕がヴァーミリオン少尉を遠ざけているのはやましいことがあって情報漏洩を恐れてるわけではない。ただ単にあの女が嫌いなだけだ」
「またストレートに言ってくれますねぇ。しかし」
「感情論がナンセンスなのは重々承知だ。なら言い換えようか。全てがアークエネミー頼りの無能な秘書官はいらない。さぁ、わかったのなら早々に本来の持ち場に戻れ」

そこまで言って書類のサインが一通り終わる。一息ついて顔をあげればそこにはハザマが気持ち悪いくらいの笑顔で茶を差し出していた。

「……なんのつもりだ。僕は早く戻」
「『有能な秘書官』、いかがですか?」
「は?」

にぃっとつり上がった唇が月を思わせる。
ハザマの笑みにゾクリと寒気を感じて体が固まる。

「『英雄』のお望みとあらば……ね」

緑茶からのぼりたつ湯気の向こうに月のように光る双眸が見えた。







(甘すぎた午後のお茶)







(……藪をつついたら蛇がでた)
(ご安心を。少佐には咬みつきません)







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