名もなき翼の小休詩
□LME・パニック
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LMEの看板俳優、敦賀蓮。
彼を中心に、一人の少女を巡る、一大騒動が巻き起こった。
今もなお伝説として語りつがれるその騒動を、人々は『LME・パニック』とよぶ。
*一万打記念SS*
『LME・パニック』
「な、なぁ…蓮……その怖い顔はやめようか………?」
「あぁん?どこが怖いって言うんですか。俺はいたって普通です」
(今!「あぁん?」って言った!温和な敦賀蓮にあるまじきセリフだった!!)
闇の国の住人…否、闇の国を支配する大魔王と化した蓮と、その横で怯える社。
何故、蓮が怒り心頭なのかというと、偶然テレビ局で不破尚と出会ってしまったのが原因だった。
『俺はアンタの知らないアイツを知ってる』などと、子どもの頃の話をされたため、コーンとしてキョーコに触れていたあの頃の、やり場のない嫉妬心を思いだし、10年分のイライラを表したのが、今の大魔王の形相というわけだ。
テレビの仕事を終え、事務所に戻ってきてからも蓮の怒りはおさまるところを知らず、カインにも匹敵するほどの闇色のオーラをまといながら歩いている。
そんな時、社は目敏くどピンクつなぎの栗毛少女を発見した。
「あ、キョーコちゃんだ!ほら、蓮。そんな怖い顔をしてないで、キョーコちゃんに会いにいこう?」
「最上さん……会いたい…」
一瞬だけ蓮の顔に笑顔が戻ったものの、それでもやはり闇のオーラが消えることはなく、そのオーラをまとったままにキョーコに近づくことになる。
「キョーコちゃん、こんにちは」
「こんにちは!社さ…………つ、敦……嫌ぁぁあぁあぁぁっ!!!!!怖いぃぃぃ〜〜〜っ!!!!!ごめんなさぁぁぁい!!!!!」
礼儀正しいキョーコがいつものように挨拶しようと振り返ったが、大魔王の蓮を見てしまい、恐怖のあまり逃げ出した。
社の「待って!」という言葉も意味をなさないほど、瞬間移動のごとき猛スピードでの逃走劇。
陸上の選手もびっくり間違いなしだろう。
「蓮…お前、好きな女の子をビビらせてどうするんだよ。きっとキョーコちゃん、自分が蓮を怒らせたと思っ………蓮?」
蓮は膝をついてその場に崩れ落ちていく。
そこにはもう闇のオーラは存在していなかったが、代わりに哀しみに満ちた切ないオーラが充満していた。
瞳は虚ろに、焦点が定まっていないようだ。
「蓮!?大丈夫か!?」
「…嫌われた……もう、今度こそ終わりだ……軽井沢の奇跡は、もう二度と起こらない………」
茫然自失状態で「生きててごめんなさい」「幸せになる資格なんてないのに、幸せを求めてごめんなさい」「リック…今、俺もそっちの世界へ」などと、俯きながらブツブツと喋っている。
「…れ…ん……?」
ついには「の」の字を書きはじめた蓮の周りに、キノコまで生えてきた。
「…最上さん………」
涙声でキョーコの名前を呟きながら、ため息を吐くのを繰り返す。
そんな蓮が心配だったのもあるが、何よりも事務所の廊下でこんなにしょげられると、他の人に迷惑になるので、とにかくこの場から離そうとして、社は蓮に近づいた。
しかし、それがいけなかった。
【犠牲者No.001 社倖一】
「え?社さんがおかしい?敦賀さんじゃなくて?」
そんな疑問を口にしたのは、ラブミー部2号琴南奏江。
一体、敦賀蓮という人物をどんなふうに認識しているのやら…。
「えと、確かに一番おかしいのは蓮さまだけど、社さんまで変なの!!」
困惑した表情で奏江を見上げるマリアは、自分の知りうる情報を奏江に告げた。
「蓮さま、先ほどから“怖い顔をしてる”って事務所内で噂が広まりはじめていたんだけど、今度は何故かしょんぼりしてキノコを生やしてるって……」
「………キノコ…?」
奏江は顔をひきつらせながらも、話の続きを促す。
「お姉さまが叫びながら走ってるって噂も聞いたから、たぶんそれが原因だと思うんだけど…重要なのはここからよ!」
そう、今は蓮の話ではなく、社が変だという話だ。
「蓮さまがしょげたとき、隣にいた社さんの様子までおかしくなったみたいで…。タレントセクションに乗り込んで、椹おじさまを脅してなにやら……という噂が…。だから私、このことをおじいさまに報告して、部下たちにキノコまみれの蓮さまを回収しに行かせたの。そうしたら……」
ごくり、と唾を飲み込む奏江。
そしてマリアは青ざめながら言った。
「頭に毒々しい色のキノコを生やした蓮さまが怪しい笑みをしたとたん、4人いた部下たち全員も社さんと同じ症状に…。えと、これは通信機越しの情報だから、正確なことはわからないんだけど……」
「え?それじゃあ、敦賀さんがみんなをおかしくしてるってこと?大体なんなの、そのキノコ」
「おかしくなった部下の一人を捕まえて調べてみたの。どうやら、キノコの胞子のせいでおかしくなってるらしいわ。蓮さまキノコの胞子が他の人に寄生して、それが育つとさらに胞子を飛ばして徐々に感染していくみたい。おじいさまの部下はほぼ全滅。セバスチャンもキノコの調査と引き換えに……」
奏江は言葉を失った。
目の前の少女の話が、フィクションなのか、ノンフィクションなのか、話の内容が破天荒過ぎてついていけない。
「モー子さん!これは事実なのよ!現に事務所内で被害が拡大してるの!お願い、私と一緒にお姉さまを探して!!お姉さまが狙われてるの!」
思考を読んだかのような発言にも驚いたが、何よりもキョーコのことが気になった。
「あの子が狙われてるって……どういうこと!?」
「蓮さまキノコは、蓮さまのお姉さまを想う気持ちが作り上げた思念の塊なの!だから、その胞子が寄生した社さんたちは、蓮さまとお姉さまをくっ付けるためなら何だってするわ!それに、私たちだって、いつ感染するかもわからないのよ!?」
そんなものには絶対感染したくない、と思いながら、奏江は即行動に移る。
携帯を取りだし、キョーコに電話をかけた。
キョーコが、大好きな奏江からの電話にでないわけがないのだ。
「もしもし?アンタ、どこにいるの!?敦賀さんには絶対に近づいちゃダメよ!!」
『モー子さぁぁん!敦賀さんに近づくわけないじゃないぃぃぃ!!ふえ〜ん!怖かったよぉぉ!』
「ちょっと、落ち着きなさい!!それで、今どこにいるのよ!?」
『え?うんと、ここはね…って、きゃぁぁぁっ!何!?皆さんどうしたんですか!?いやぁ!放してっ!!!』
「キョーコ!?どうしたの、キョーコ!!返事しなさい!!」
奏江が携帯のマイク部に向かって叫ぶも、無機質な音が聴こえるだけ。
「連絡手段が途絶えたわ。それより、あの子、誰か…しかも複数に襲われてるみたいだった。さっさとあの子を探しに行くわよ!」
奏江が急くと、マリアも力強く頷いた。
***
「もうっ!何なんですか!?みんな変ですよ!!!」
キョーコは複数の人間に詰め寄られて怯えていた。
携帯は落としてしまい、すでに手の届かない位置にある。
「最上くん。君、蓮の気持ちをわかってあげたらどうだ」
「そうよ、ハイエナのクセに敦賀さんはアンタを選んだのよ!だったらアンタも敦賀さんの想いに応えるべきだわ!」
集団の先頭をきって迫ってくるのは【犠牲者No.002 椹武憲】と【犠牲者No.128 松内瑠璃子】だ。
「一体何なのよ〜」
キョーコは泣き叫びながら怨キョを総動員させて、その場から逃げ出す。
怨キョたちの頑張りもあり、まるでゾンビのように迫ってくるツルガダケ感染者たちは、これ以上キョーコを追えなかった。
「はぁ、はぁ、取り敢えずここまで来れば大丈夫かしら!?携帯も落としちゃったし、モー子さんとも連絡取れなくなっちゃった……」
一つ、大きなため息を吐いて考えてみる。
「そういえば、みんな敦賀さんのことを言ってたよね…?ま、まさか、事務所のみんなでグルになって私に嫌がらせ?」
自分で言って後悔した。
せめて、心の中でだけ思っていれば良かったと。
だって、声に出したら、それを肯定と認めているみたいだから。
瞳がだんだん熱くなる。
「私…敦賀さんを怒らせるようなこと……敦賀さんに嫌われるようなこと…した………?」
キョーコはその場に佇んで、拳を握りしめた。
「…嫌われたくないよ…………」
一方、その頃のツルガダケ…否、敦賀蓮はと言うと。
「最上さん…俺のこと嫌いにならないで……(涙)」
まだ落ち込んでいた。
そして涙が湿気となり、キノコが増殖している。
「蓮、悪い。キョーコちゃんを捕らえそこねた。何故かみんな金縛りにあったって言って………って!お前何やってんだよ!?」
「あ、社さんも食べますか?キノコ鍋」
「そんなもの食えるかぁ!ただでさえ毒々しい色のキノコに加え、とんでもないものが入ってるし!!」
蓮は鍋の中身を小皿に取り分けながら平然とした顔をしている。
「どこがとんでも無いんですか?餃子の皮としょうがと卵白と納豆とパン粉とオレンジとウイスキーとチョコレート、そして俺の涙です」
「最後のは何だ!そして皮だけか!卵白だけか!黄身はどこにいったんだ!」
「最上さん、君はどこにいったんだ…」
「中途半端に上手いところが腹立つな!!」
「いえ、とってもマウイです!最上級…マウイエストです!」
マウイ(不味い)と言いながらも、キノコ鍋をおかわりしようとしている蓮を、社が必死になって止める。
「蓮!もうやめて!!そんなもの食べたら、キャラだけじゃなくてお腹まで壊れちゃうから!」
すると蓮は急に切ない表情に変わった。
「…最上さんさえ手に入るなら、キャラだろうが腹だろうが、どうなってもかまいません…。ただ、最上さんのことが好き。それだけなんです」
「…………頭にキノコ生やしてそんな表情されても…」
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