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□ありがとう、
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「阿伏兎さんっ、今日は私と酌しましょ!」

「いやいや、こんな小娘より、私と呑みましょ? 阿伏兎さん」

……そう言い合いながら、目の前で女特有の陰険な争いをしている、客。
此処、新宿かぶき町では、異国ホスト達の台頭により、和製ホスト達は衰退の一途をたどっていると聞く。
おかげで、俺等は毎日忙しい……
異国ホストが経営する、とある倶楽部……名前をspring rain(春雨)ちなみに、第七号店だ。

「……お嬢さん方、争い事は似合わないぜ? 二人とも落ち着きなァ」

この言い回しにもなれた。
思い思いのぶりっこをして気を静める目の前のお客……やる気がしなくなり、俺は店の裏口から路地裏にでた。
なに、ホストが一人いなくなったくらい解りはしないだろう。

「……やっぱ向いてねーんだよなァ……」

一人、誰が聞いてるでもなく呟いてみる……寄りかかっているドアからは客の笑い声が響いていた。

「そうかナ? 結構様になってるけど」

「……よう、アンタかァ」

目の前には、少しブカブカであろうスーツを着こなし、サーモンピンクの三つ編みを背中に流した男が立っている。
……ここ最近、この場所でよく出会う得体の知れない男。名前は聞いた、神威と言うらしい。

「様になってなんかねェさ、形だけ見繕った偽ホストもいいところだ」

「そう? ……じゃあ、なんでホストなんか?」

「……此処のオーナーには貸しがあってなァ……」

そんな話を続けて、気づけば明るくなっていく……何時もそうだった。この男と居ると時間が流れるのが早い……それに、俺が俺で居られる一番の時間だった。

「じゃあ……俺そろそろ帰るネ」

「……おう、気をつけてなァ」

「うん、それじゃ……」

片手を上げて去ってく神威。……いつも、言おうと思っていても忘れちまう言葉。アンタに言ったらどんな反応をするんだか。

ありがとう、俺を俺にしてくれるあなた


(ねェ…阿伏兎、良かったら俺と同じ店で働こうヨ? お前と二人なら、ホストも楽しい物になる気がするんだ……それが言えるのは何時になるんだろう?)

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