5万打記念
□君の口から
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ちらちらと視線が気になってはいる。
おそらく相手は俺のことを見ているに違いない。
そう思ってハッと顔を上げて視線の先にいる青年を見ると、慌てた顔をしてそっぽを向く。まるで「お前のことなんて見てません」と言わんばかりの態度だ。
宿屋の一室。
2人で1室にいる状況で、目の前にいる青年はベッドに腰掛けて剣の手入れの真っ最中。俺はというと、やることもなく反対側のベッドに横たわり、眠気からか何回目かの欠伸をして天井を見上げる。
「…ねぇ、ユーリ」
「んぁ?」
何話しかけてんだよと言わんばかりの低い声で返事をされ、今度は確実に俺の顔を見ている。
「おっさん邪魔でしょ?ここにいない方がいいんじゃない?」
「別に。邪魔じゃないけど、だらだら横になって寝るか寝ないか分からない行動取られて目ざわりかもな」
「う……」
結構ぐさっと来る言葉…。
確かにさっきからやることはないし、会話という会話はほとんどない。
仲間が回りにいるときには普通に接してくれるのに、俺と二人っきりになった瞬間にこの冷たい態度。円満な中も一気に冷めるもんだ。みんなから聞くところによると、ユーリが冷たくなるのは俺と二人っきりのときだけ。それはユーリが本当に俺のことを邪魔だと思っているのか、あるいは相手の存在を意識しすぎて会話ができないとか……。
「やっぱちょっと外行ってくる」
「あっそ」
あぁ、前者だ。
本来ならばユーリと同室で二人っきりというのは喜ぶべきところなのだろうが、素直に喜べない。というのも、俺はユーリのことが好きだ。仲間だからではなく、一人の男として好きなんだ。いつもクールでみんなの兄貴的存在のユーリが時折見せる悲しい顔や笑ってる天真爛漫な笑顔が大好きだ。俺の作るクレープを一番おいしそうに頬張ってくれるユーリが…
「……さん…!…おっさん!」
「ユーリが大好きだぁー…」
「……」
「……」
ん?
なんか今ポロっと何かを言った気がする…。
あぁどうしてだろう。ユーリの目が変な者でも見るかのような目をしている。
「あ、あぁ…ごめん、なに?」
こういう時はあまり気にしないようにしなきゃ。思い返すとあまりにも恥ずかしいことを口走ってしまった気がして顔が熱くなるのが分かる。
「…外、行くんだろ?俺も行く」
「は?なんで?」
「外の空気が吸いたくなったんだよ。一人で行くより誰かと一緒に行った方がいいだろ?」
「でもさっき、行きたいなら行けばみたいなこと言ってたじゃん」
「俺は『あっそ』って言っただけで行かないとは言ってない」
あれ?ユーリってこんなに素っ気ない奴だった?それとも…
「ねぇ。ユーリは俺と二人っきりなことに緊張してる?」
「……は?マジで大丈夫かおっさん?頭沸いてる?」
よく見ればユーリは手入れをしていたはずの剣を鞘に直し、その鞘に巻きつけてある紐を持って出かける準備万端だという格好。俺はというと、先ほどから冷たい言葉と視線の連続攻撃を受けているのにも関わらず、その冷たい言葉に実は裏があるのではないかと期待してしまう。
「その頭が沸いてる奴の質問なんだけど」
「な…なんだよ」
反動を付けてベッドから起き上がり、ユーリの目の前に立って顔を近づける。するとユーリは驚いたのかびくっと体を震わした。
「ユーリは俺のこと好き?」
「ないな」
「じゃあ嫌い?」
「……嫌いでは…ない、かも」
「じゃあ好きなの?」
「それはない…でも」
目を静かに伏せ、俺の横を通り過ぎると部屋の入り口であるドアノブを静かに回し、悪戯をする子供のような笑みでこう言った。
「俺のこと大好きって言ってくれたおっさんは好きだぜ?」
「……え、それってどういう」
「ほら、さっさと散歩行くぞ。陽が暮れちまう」
「ちょっとユーリ!」
脱いでいた靴を慌てて履き、部屋を出て自分のペースで廊下を歩くユーリの後を急いで追いかける。
「おっさん的には陽が暮れて真っ暗になってくれた方がいろいろやりやすいんだけど」
「……やっぱおっさんと出かけるのは止めにしよう」
大好きだ。
今度は君の口から言わせて見せる。
END
11.5.8