5万打記念

□備えあれば憂いなし
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「あら?」
「ん?」

ゾフェル氷刃海に向かう旅路の途中。野宿のためにテントをユーリと張っていたレイヴンがある異変に気付いた。

「ちょっと青年、指どうしたの?」

レイヴンがユーリの右手を取ると人差し指と中指に絆創膏が巻かれていて、それを知られた瞬間ユーリはサッと手を自分の後ろに隠した。

「べ…別に、なんでも…」
「んなわけないでしょ。怪我したなら嬢ちゃんに治してもらえばいいじゃん。ヴラスティアの力でちょちょいっとさ」
「少し怪我しただけで、そんな大した怪我じゃないって。俺のこんな小さな怪我のためにエステルの治癒術使えるわけないだろ」

それもそうか。と頷きながらも慣れた手つきでテントを張り終えるとレイヴンは改めてユーリの手を見た。
怪我があるのは指先だけで手のひらや腕には傷がないきれいなユーリの白い肌が光っている。だが得意の料理でユーリが指を切るなんてことは想像がつかず、レイヴンは一人うなった。

「なーに変な声だしてんだよおっさん。俺たち次は薪拾いだろ」
「ん?あぁそうだった。おっさんとしたことが」

森に足を踏み入れ落ちている木々を拾い集めていると、ハッとした声を出してレイヴンはユーリの顔を覗き込んだ。

「もしかして!こうやって木を集めてるときに怪我したとか?」
「はぁ?なに言ってんだよおっさん」
「だって!ユーリが指怪我するなんてもうこれくらいしか考え付かないんだもん!」
「もう旅してから長い月日が経ってんだ。こんくらいのことで一々怪我してたらやってけないっての」
「じゃあなんで怪我してんの」
「う……それは…」

その質問にまたしてもユーリは罰が悪そうに黙り俯き、何事もなかったかのように無言で薪を拾い集める。余程言いたくないのか、とレイヴンも悟り、気にはなるがこれ以上追及して嫌われたくもないのでそれっきりユーリに怪我について聞くことはやめにした。


それから日が経ち、段々と空気が冷たくなってきたころ。

「うーー…寒い寒い寒い寒い…寒い!」
「あーーーもう!おっさんうるさい!!」
「だって…寒いんだもん……あー無理もー無理。おっさん一人だけ帰っていい?寒いの本当だめなんだって」

まだ氷も見えていない場所で、肌に当たる冷たい冷気に身を縮ませ身震いをしているレイヴン。これがゾフェル氷刃海に入ったらどうなってしまうのだろう、と不安になりつつももう時期日が暮れるだろうという判断で早々とテントを張り、寒いというレイヴンのために焚火をした。

寒くて寝れない、というレイヴンが見張りの番をして残りのメンバーがすやすやと寝息を立てている頃。ユーリは眠っていなかったのか目を開けてむくりと立ち上がった。

「あーーー寒い寒い寒い寒い…こんなところで寝ちゃったら、みんな凍死しちゃうわよ…本当」
「ほー。そりゃー大変だな」
「って、青年!?なんで寝てないのよ!?」
「まぁ、ちょっとおっさんに用があってな……これ、やるよ」
「…ん?これって」

ユーリはレイヴンの隣に腰を下ろし手渡しで一つの編まれた毛糸を渡す。
渡されたイレヴンはおもむろにそれを広げてみると、毛糸で作られたそれは厚みがあり、胴体に回るくらいの円形になっていて、よく見ると下のほうに一か所だけ弓の刺繍がされていた。

「腹巻で…悪かったな」
「え…ユーリ」
「おっさんが寒がりなの知ってたからさ…ジュディに習って編んだんだ。本当は手袋やマフラーにしようかと思ったんだけど…仲間に見えると怪しまれるから……ってジュディが」
「じゃあユーリ、その指の怪我は…」
「…刺繍なんて慣れなくてよ……針でやっちまった……その、悪かったな」

ユーリは隣にいるレイヴンの顔も見ずに赤く揺らめく焚火を見ながら聞こえるか聞こえないかわからないくらい小さな声で言った。

「心配掛けさせて…悪かった」
「ユーリ…おっさんのために、指を怪我しながらも…一生懸命…っ!!」
「ちょ…なんだよ、泣くことねーだろ!?」
「ごめん…あまりにも嬉しくて…嬉しすぎるから、抱きついて良い?」
「はぁ!?」

驚きに目を見開いてあからさまに動揺しているユーリを見て、困らせてしまったと思ったレイヴンはすぐに明るい調子で否定をした。

「ははは、冗談」
「……ちょっと、ちょっとだけだからな…」

え、と一瞬固まるレイヴンだったが、体に力を入れて身を小さくするユーリを見て、鳴るはずのない心臓がドクンっと鳴る音がして、レイヴンはその細い体にぴったりと寄り添い合う。


寒い地域はこれからだ。





2012.5.17

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