Precious Casket
□伸ばした手の、その先に。
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目が覚めた五ェ門が最初に気づいたのは、妙にズキズキと重たく響く頭の痛みだった。
「…う…」
まだ眠気が覚めきっていないのか、ぼんやりとしたままの視界には、アジトの天井が映っている。
背中まで少し痛いのは、寝ていた場所が柔らかな布団ではなく革張りのソファだからだろう。
「――やぁっとお目覚めかよ。待ちくたびれたぜ」
声がした方に気怠く顔を向けると、次元がソファの枕元に椅子を置いて自分を覗きこんでいた。
その手元には水の入った洗面器があり、絞る途中のまま手を止めたタオルからポタポタと滴が落ちている。
さらに次元のもっと背後には、反対側のソファでルパンが自分と同じように横たわり、ぐったりと気を失っているのが見えた。
「…次元…?
拙者は…何を…」
抜け落ちた記憶の顛末を訊ねようとして、不意に五ェ門は何かに気づいて飛び起きた。
次元はいつものスーツ姿なのだが、そのシャツの襟は無理やり引っ張られたようにボタンが外れていて、少しはだけた首筋と鎖骨のあたりに赤い痕が点々と残されている。
それが一体どうやって刻みつけられた痕なのかは、色事に疎い五ェ門でも容易に察しがついた。
「――っ!?
次元、その首の痕は…」
「首? …あぁ、そういやまだ鏡を見てなかったが、やっぱり残ってたか。
やめろっつーのに好き放題やりやがってよ、ったく」
次元は自分の首をさすりながらなおもぶつぶつと呟いていたが、もはや五ェ門には聞こえていなかった。
少なくとも自分が記憶をなくすまで次元はこの部屋にいなかったし、同じ部屋にはルパンがいる。
という事は、次元に赤い痕をつけたのは――…
(なんたる不覚…かような事になるならば、いっそ一思いに手出しをしておくべきだった…!)
「…おーい、五ェ門。聞いてんのか?」
「…………」
「目ェ開けたまま寝るなよー。あと淋しいからオレを無視すんなー」
次元が五ェ門の顔の前に手のひらをぶんぶんと振ると、五ェ門は脳内問答からようやく目覚めて次元を見た。
「……何の、話だ」
「だーかーらー。酔った勢いで見境なくキスしまくるのはやめろって言ってんだよ」
「……キス…?」
単語を反復し、次元の科白をゆっくりと反芻し…それでもまだうまく結びついていない様子の五ェ門に、次元は呆れ顔で自分の首筋を指差しながら教えてやった。
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