駄文
□執事日記
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「ふぇ…うっ…」
小さな手を握りしめ晴香は膝を抱えて泣いていた。暗くなり始めた庭の隅っこに隠れているようだ。広い庭なので晴香を見つけるのは至難の技。
大好きなウサギのぬいぐるみがいなくなってしまった。お母さんはどこかに落としたのだろうと言うけれど探し回っても見つからない。
「うさちゃ…」
「ウサギのぬいぐるみならベッドの下に落ちてたよ」
後ろを振り替えると晴香と同じくらいの背丈の小柄な少年が。片手にはウサギのぬいぐるみを持っていて左目が真っ赤に染まっている。
「八雲君!ありがとう」
嬉しさのあまり抱き付くと困ったように笑われた。
「夕食だよ」
「うん!」
幼かった二人も成長し、大学生になると幼い頃は執事の見習いだった八雲も晴香専属の執事になり、彼女の隣には常に八雲の姿があった。
真っ赤に染まった左目のせいで八雲は親に捨てられ路頭をさ迷っていたところを晴香の母親である恵子に救われ小沢家に執事として仕えている。
有能な八雲は良き執事であり晴香の遊び相手だった。
「そろそろ起きないと遅刻するぞ」
「あと5分…」
「早く起きないと布団を剥ぐぞ」
「や」
「じゃあ起きろ」
「うーん」
「そうかそうか、君はそんなに起きたくないのか。それなら今後一切レポートは教えないし、試験前も…」
「おはよ!八雲君♪いやぁ清々しい朝だね」
既に恒例となりつつある朝の会話に晴香の心は温かくなる。
八雲は執事で小さい頃に一度だけ主人として命令したことがある。敬語はダメと。
八雲に寄せる想いが何かはとっくに気づいている。
でも、踏み出せない自分がいた。
「朝食だ」
「うーん…」
「はぁ。着替えまで手伝わなきゃいけないか?」
「ご心配なく!」
八雲を部屋から追い出し紅く染まった頬を両手で撫でた。
中学生までは着物を着付けて貰ったりパーティードレスのファスナーなどをよく八雲にして貰っていた。
思い出すだけで恥ずかしい…
控えめにドアがノックされる。
「もういいか?」
「うん」
私服に着替えドアを開くと先ほどの小沢家執事の制服ではなく私服のワイシャツにジーパンという格好の八雲が立っていた。
それは彼もこれから大学に行くからだ。
「朝食は何?」
「君の好きなものだ」
「曖昧な答え…」
朝食の席につくまでしっかりエスコートしてくれる八雲が愛しい。
そうして晴香の向かいに八雲が座っていつもどおり朝食開始。
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