市丸帝国

□希望の春:1
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 足袋は足袋、草履は草履。チビ丸が鼻唄混じりに収穫物を並べている。
 「なァ、イヅル?どこ仕舞っといたらえェ?」
 「あ、使われる時に出しますから、そのまま置いておいて下さい。あまり奥に仕舞うと、出すとき大変ですから」


 「どうだった?友達になれそうな子はいた?」
 「居らんなァ」
 「折角なんだから、一人くらい作りなさいよ」
 「『すぐ卒業出来るて約束されとるようなモンとは友達になれへん』て言われたわ」
 「ま、すぐ護廷入りしちゃうもんねぇ」
 だから吉良も、今日チビ丸が貰った足袋や草履を手前のすぐ出せる場所に片付けたのだ。

 食事、片付けや風呂も済ませ、あとは「はい、おやすみなさい」という時になって、チビ丸が事後報告のように言い出した。


 「あァ、せや。ボクな、この週末、乱菊ンとこ泊まるから」
 「でも、松本さんの部屋って…」
 「なんでも『使い勝手のえェパシリに片付けさせるから♪』とか言うとったで?」

 可哀想だな、檜佐木先輩…松本さんにいいようにこき使われるのか。喜んで乱菊の部屋とゴミ捨て場を往復している檜佐木の姿が目に浮かんだ。


 『市丸ギン』が帰ってきたといっても、チビ丸には記憶がないと知って「俺にもチャンスが回ってきたぜ!」とか言ってたっけ。無駄だろうと忠告はしたから、自分には責任はない。チビ丸が週末、十番隊にお世話になるなら、警備に三番隊士を回させて貰おう。その為の日番谷への手土産には何がいいだろうか、と思案するくらいで済む吉良だった。



 翌朝もイヅルママの弁当を背負ってチビ丸は学院へ出掛けた。腰に神鎗はない。学院の授業の資料で見せられた斬魄刀をクラスメイトが帯びていたら、騒ぎどころの話では済まなくなるからだ。剣術の授業の時、チビ丸だけは、学院の竹刀か木刀を使わなければならないという。備品の刃のない得物でも、チビ丸が振るえば霊圧をまとう。素人学生が扱う真剣より殺傷力が出るのだ。他の生徒のことも学院側は考えなくてはならない。だがギンはどう思うだろうと想像すると、吉良は別の意味で「不公平だな」と思った。



 授業中もチビ丸は、独りだけポツリと離れた席で窓の外を眺めていた。勿論、教師の話など聞いていない。その類いの記憶は鮮明だからだ。新しい記憶のない部分の歴史は、乱菊や吉良から聞いて覚えている。世界の仕組みなど、今更感が強い。

 此処では試験に合格さえすれば良いのだ。自分が学院に通っていた頃の記憶は戻っていない。だが昼休みに弁当を食べるための快適な木陰などは、身体が記憶していたようだ。昨日から指定席に決めている。

 昼からの授業はサボリを決め込み、昼寝をしてから三番隊に帰った。



 「…市丸隊長ぉ〜?」

 仁王立ちでイヅルママがお出迎えしてくれた。
 「昼からの授業、サボリましたね?」


 「うん」
 「早く卒業なさりたいのでしょう?授業を真面目に受けないと…」
 「なァ?なしてサボったて知っとんの?」
 「学院から連絡があったんですッ!!」
 「チッ」
 「舌打ちしないッ!」



 本当に、母と息子の会話のようだったと、後で席官達の間でしばらく囁かれていた。


 「乱菊ぅ〜」
 夕方、晩御飯を食べに来た乱菊が顔を見せた途端、チビ丸が泣き付いた。
 「自業自得でしょ」
 ペチッと額を叩かれた。乱菊の所にも、学院から連絡があったのだ。
 「昔もそうだったわ。寮の近くの桜の木の下が指定席で、よくサボってたのよ?大方そこで昼寝でもしてたんでしょ?」
 「うん♪」
 「はぁぁ〜」



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