市丸帝国

□初めての冬:3(終)
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 「…毎日のお菓子やご飯に困らんくらい、給料貰とったんや…。同じ名前やのに、不公平や…」
 「「……」」

 「いや、それ、アンタだから」とか「問題は其処ですか?」とか「不公平って、まず何?」とか二人とも言いたいことは沢山あったが、今のギンは結局こうなのだ。多分、乱菊がギンと逢うか逢わないか、もっと前くらいの、とにかく満足いくまで食べられて、安心して快適に眠れる場所さえあればいい『市丸ギン』だった。余裕が出来た今は、かなりの楽しさも追求しているが…。

 「せやで隊長のイヅルも、副隊長の乱菊も美味しいモン、沢山食べさせてくれるんやね?」
 ニッコリ笑った罪のないチビ丸の笑顔に脱帽だ。
 「えぇなァ、二人とも。高給取りやん…」

 乱菊と吉良は、まるでアニメーションのように古典的なお約束のズッコケをしてしまった。
 「腹空いたんやけど…って、なァ、乱菊、イヅル?晩御飯はァ?」


 隊首会がどうなろうと、今のチビ丸ギンと、乱菊、吉良の三人の『家族ごっこ』は何も変わらない。乱菊パパとイヅルママによる根気のある教育と、たっぷりの愛情を受けて、三番隊の庇護のもと、チビ丸は今日も元気に隊舎内を走り回っていた。
 既にチビ丸が元三番隊隊長『市丸ギン』らしい、と瀞霊廷中に知れ渡った以上、着ぐるみを着る必要もなくなり、イヅルママお手製の、規格外に小さいサイズの死覇装を着ている。三番隊士の約半分以上は、かつての『市丸ギン』を覚えている。畏怖と憧憬、崇拝に近い感情を微妙に残したままチビ丸を可愛がっていた。ギンを知らない隊士も、今のチビ丸を着ぐるみを来ていた頃のイメージを持って可愛がった。
 現三番隊隊長の『市丸ギンを傷付けることは自隊、他隊ともに許してはならない』という命が、隊内に隈無く行き届いていた。本当の意味で愛されるマスコット・キャラクターになっていた。三番隊士を伴って、食料漁りに出掛けることも多くなり、見た目が愛らしいチビ丸は、あちこちで可愛がられていた。


 「やはり『市丸隊長』なんじゃないかと思う時がありますよ」
 『市丸ギン捕獲』鍋大会に参加させられた古参の席官の一人が報告書を吉良に届けに来た時、そう告げた。
 「何かあったのかい?」
 「今日、匂いに釣られて、瀞霊廷を出てしまわれたんですよ」
 「に、匂い…?」
 「お昼時の流魂街に、です。僅かですが霊力のある者がいた家庭だったんですが、炊き出しをしていたんです。その匂いに釣られて…」
 「そ、そう…それで?」
 (明日からは、毎日、弁当を持っていって頂こう)と吉良は決めた。
 「食料も僅かな家庭だったので、お止めして、我々の昼飯をお渡ししました。そうしましたら、もしかしたらこの先もっと美味しそうな何かあるかもしれないと遠出されて、虚の群と遭遇してしまったんです」

 ざっと目を通したら、確かに今しがた提出された報告書には、そう記されている。



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