風日祈宮

□仔狐テイクアウト
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 仔狐の名は『ギン』。出てきたのは、親元ではなく、狐の里らしい。

『一人前んなるまで帰って来んなや、クソ餓鬼』

『一人前て何なん?』

『それっくらい自分で考えや、ボケが』


 頭領に襟首を摘まれ、屋敷から蹴飛ばされた。里の結界までの道すがら、副頭領に、『化け方』の基本を習ったと言う。

「もしかして…さっきまで化けてたつもり?」

「副頭領サンが教えてくれた方法で化けとったつもりやってんけど…失敗したみたいやね?お姉サンに言われるまで、気ィ付かんかったけどなァ」

 失敗ではない。乱菊以外には、きちんと人型に見えていたのは、さっきの彼女達の反応が物語っている。立派な成人男性に化けていたのだろう。乱菊には仔狐にしか見えないのが、少し残念に思えてしまうようなリアクションだった。

「ちゃんと化けれてたみたいよ?何でか分かんないけど、あたしにはアンタが時代遅れの格好した狐にしか見えないだけ」

「ほんならお姉サン、神通力効かんタイプの人間なんやね」

 乱菊の頭の中の計算機が『神通力』というからには、この勘当された(?)仔狐を連れ帰って養ってやれば、何か御利益があるかもしれない、と打算的な答えを弾き出した。

「他にも本当の姿が見えちゃう人間がいて、その人間が変態さんだったら、アンタ、どうすんの?」

 軽く脅せばついて来ると言い出すと読んだが、見事に外した。ストライクど真ん中を空振りした気分だ。

「『変態サン』て、何?」

 乱菊は、このギンという名の仔狐を、とにかく連れて帰ることにした。口から出任せを言った訳ではないが、もしも本当になったら…?と想像したら、あながち的外れでもない気がしてきたからだ。神域で神通力が通じない人間は、乱菊の他にも居るかもしれないし、お人好しの老人ならともかく、嘘から出たなんとやら、で、本当に変態である可能性も捨てきれない。見た目も顔付きも狐だが、幼子が変態のオモチャにされるのが明確な以上、乱菊の母性本能が「黙って見過ごすな」と煩かったのだ。

「神域とやらから出る前に確認しとくけど、あたし以外の他の人間には、ちゃんと人間に見えるようになったままなのよね?」

 コクリと頷いてから、顎に手をやって少し考え、眉を寄せて軽く首を傾げた。念のために「変化の術をかけ直す」と言うと、尻尾の先を地面に着け、身体はフヨフヨ宙に浮いたまま、石段に落ちていた枯れ葉を拾い、口元に持っていった。何やら呪文を唱え、頭に乗せてから勢いをつけてクルッと一回転する。

「……。ねぇ、訊いていいかしら?アンタが居たのって、ホントに狐の里なの?化け方を教えてくれたっていう副頭領、ちゃんとした狐なの?」

 尻尾を支えに宙に浮いたまま、ギンは初めて普通に乱菊に笑いかけた。

「頭領はホンマもんの神通力使わはる五尾の狐やし、お詣りに来る人間には『お稲荷さん』て呼ばれてはる。けど、副頭領は狸やよ。何で分かったん?」

 化け方がポピュラーな狸の『それ』だったから乱菊にも分かっただけだ。だが、参拝者がいるなら里じゃなくて神社でしょう?とか、頭領で神様やってる狐が、こんな小さな子供で半人前にも満たない一族を放り出すって、それって頭領としてどうなのよ?というツッコミより、狐の里の副頭領が狸で良いのかという疑問が最優先された。

「…良く狸が狐の里の副頭領になれたわね」

「…。『狐っちゅうんは狸を出し抜けてナンボ』なんやァて、いっつも頭領が言うてはったん」

「……ふぅん」

 答えになっていないが、どうやら世間知らずらしいので、乱菊は追求を諦めた。こういう時は、一刻も早く落ち着ける場所に帰るに限る。

 他の人間には成人男性に見えているのなら、手を繋いで歩く訳にもいなかい。何せ、すれ違う女性が頬を染める容姿らしいのだ。だが、並んで歩き始めたら、ギンの方から乱菊の手を握ってきた。

「御山から出るん、ボク、はじめてなんよ」

 ギンの説明によると、里は五百年前から今の頭領が仕切っているらしい。御本尊が神社になく、いつまでも御山に居るのもどうかと乱菊は不思議に感じたが、それはお詣りする人間の側の交通事情や都合であって、神様には関係ないらしい。乱菊には、神様の思惑と人間の都合の問題というより、ギンの話が本当ならば、信仰対象である御本尊の性格の方に難があると思えてならない。

「…で、当然みたいに手を繋いでくれちゃってるけど、アンタの見た目ね、どうやら目立つみたいだから、こうやって手なんか繋がれると、あたしとしてはヒジョーに困るんだけど?」

「せやかて…お姉サンとはぐれたら『変態サン』に連れてかれてまう、て…。で、『変態サン』て、どないな人間なん?」





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