風日祈宮

□メタリック・ラヴ
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 「ま、いいわ。そのうち何処かの峠で会うだろうし、ね?その時に面を拝ませて貰おうじゃないの」
 「噂通りなら、ウチみたいな所は狙われないと思うんスけどね〜…」
 「噂?」

 聞けば、その『つぶし屋』は、『走り屋』と、それを狙う『走り屋狩り』も狙って出没するという。
 「正義の見方気取りじゃなけりゃ、…ただの暇人ね、きっと」

 今日も気分良く、青空の下、有名酷道の峠を一つ制覇し、後は下ってから解散するだけだ。
 名だたる峠や、酷道を一つずつ制覇することを楽しみにしている、走り好きな連中だ。その途中で、走ったことがないと誰かが言えば、県道も流す。各自が持つ全国道路地図を、走破した道をペンで塗りつぶしていくのが楽しいだけだ。

 今朝も早朝に集合し、この麓まで走り、気のいい老夫婦が経営する小さなお弁当屋さんで人数分の弁当を買い、法定速度を遵守しながら走ってきた。見晴らしが良い高台で休憩を取っていた所で、先程の話を聞いたのだ。
 ブーツの爪先から先の眼下に広がる、白く霞んだ街並みと、やはりその先に白く霞んだ海が見えるはずなのだが、生憎、そこまでは空気が澄んでいないらしい。社会人もいる、過半数が二輪となると、天気を選んではいられない。晴れれば集まって走るだけ。
 解散前に、満足そうなメンバーの顔を見るのが楽しくて嬉しくて辞められないと言っていた先代の笑顔が乱菊の脳裏に浮かんだ。乱菊自身、さほど二輪だ、四輪だという拘りはない。地図は既に八割走行済みだ。ただ、気のいい仲間達とのお喋りや笑顔が好きだから、先代からハーレーと共に引き継いだまとめ役をやっているだけだ。ただ、こうして様々な風景を、季節毎に変わる風を感じる時、走ってきて良かったと思うくらいだ。
 やはり先代は正しかった。平日の仕事帰りの夜に街中で見掛ける、改造を施し過ぎたスクーターの爆音を耳にすると、「…バカみたい」と呟いている自分がいる。



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