少し長めな読物

□極楽鳥
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 それは、三番隊毎年末の、恒例餅つき大会の日だった。『殉職者が出ませんように』『一年間楽しく仕事が出来ますように』と、縁起を担ぐ行事だというのに、三番隊では雑煮に、つきたての餅を入れたいという隊長の意向で、28日ではなく、大晦日に行う。真冬にもかかわらず、褌一丁で、盛大に餅をつくのだ。元旦から、何処の隊にも負けない大きな鏡餅を飾る。

 「今年も何とか無事に終わったな…」

 安堵の気持ちと、新たに始まる一年、またアクの強い隊長はじめとする三番隊隊士達との板挟みになるのかと、イヅルは少し気が滅入っていた。


 「吉良副隊長!あれって、カラスですよね!?縁起悪いなぁ…」
 「いや、カラスにしちゃ少し色が違うぞ」
 口々に騒いでいる。指差す方向を見上げると、黒々とした鳥が、優雅に翔んでいる。

 「カラス違うよ?カラスはトンビみたいに、弧ぉ描いて翔ばんやろ。大体デカさも違うし」

 一段二段高い所から音頭をとっていたギンが、空を見上げながら言った。

 「隊長、あの鳥のこと、ご存知なんですか?」
 ギンの近くまで跳んで、イヅルは訊ねた。
 「いや…しっかり見えんから、ハッキリとは分からんのやけど…」
 「いやに歯切れが悪いですね?やっぱり、あまり縁起の良いものではないのですか?」
 「う〜ん…」


 年越し恒例の、怒涛の忘年会から、新年会への雪崩込みも終わり、次々に酌をされて、やはり恒例のように潰されたギンに肩を貸して、イヅルは隊首室まで運んで寝かせる。流石に、一隊長が新年から宴会場で一般隊士と雑魚寝、というのは、副隊長が、というよりイヅルが許せなかった。


 「…昼間の、あれな」
 少し離して、自分の為にもう一組布団を敷いていたら、風邪をひかないようにと、しっかり掛けられた布団から顔を出したギンが、声を掛けた。

 「起きてらしたんですか。で、昼間の、とは?」
 「うん?鳥」

 そういえば、そんな鳥がいたなと思い出す。『餅つき大会→忘年会→新年会→新年挨拶回り→餅撒き大会』というスケジュールに気を取られて、イヅルはすっかり忘れていた。

 「隊長、ご存知のような口振りでしたよね」
 「知って…る…言うか…うッ…」
 慌てて洗面器を引き寄せる。あぁ、また一年、何も変わらなかったなぁと、涙が出そうだ。吐きやすいように、ギンの背中を撫でながら、イヅルはぼんやり、そう思った。

 冷たい水を飲ませて、絞った手拭いを渡す。

 (今年は、いや、去年になるのかな?ま、いいか、とにかくどれくらい呑まされたんだろう?最後の方は一升枡でぐい飲みだったから、かなり、だね。一晩中こうなのか…。隊長の付き合いの良さには、呆れるしかないよ…)そこはかとなく、恒例介護に悲しくなった。

 「毎年、スマンなァ」
 「もう慣れましたよ…」

慣れたくなかった、とは言わなかった。側に控えさせてもらえるのだから。…たとえそれが、酔っぱらいの介護でも。

 「鳥、なんやけど」
 「あ、はい」
 「極楽鳥、て聞いたことあらへん?」
 「極楽鳥、ですか?地獄蝶なら良く聞きますけど…聞いたこと、ないですね。花、がつけば別ですが」
 「八番サンの、か。違うな。ホンマ…に鳥…ッ」

 洗ってきた洗面器を渡してやる。かなり顔色が悪い。ここまでの悪酔いは、初めてかもしれない。だからといって、四番隊を呼ぶ訳にもいかない。一応、新年元旦の夜明け前だ。


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