少し長めな読物

□水面に映る銀の月
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 褥を共にさせて頂くようになって、幾年月が過ぎただろう…

『僕の神聖でいて妖艶な銀の月』



 始まりは、独り寝の嫌いな市丸の添い寝からだった。市丸は、酷く人肌を恋しがった。手近にいたから誘われただけだと、吉良は思っていた。

 市丸は温めて貰った布団にもぐり込むと、すぐに吉良の左腕を取る。居心地のいいように頭の位置を定めると、安心したように眠りにつく。心音が好きなのだと言った。「誰かの替わりですか?」と尋ねた吉良に、市丸は笑っただけで答えなかった。

 まるで毛並みのいい猫か何かになつかれたような、くすぐったい思いがした。市丸は常々「適度に筋張っていて寝心地がいい」という。吉良は貶されているのか、誉められているのか、かなり微妙な気分だったが、尊敬し、憧れ、崇拝している市丸から頼られているという事実が、吉良の自尊心を随分と満足させた。

(綺麗なひとだな)

 髪を梳いて、背中を撫でながら、そう思った。といっても俯いているから、鼻筋と口許しか見えないのだが。普段、わざとらしい弧しか描かない口許が、固く閉じられているだけで、違う表情に見える。

 吉良を呼んだのには、別段深い意味はなかった。ただ温もりが恋しかったから。自分を無条件に信頼している吉良の気持ちを利用しなかったかと問われれば、嘘になる。どれだけ我儘を言っても許してくれる吉良に、母親というのはこういうものかもしれないと、男の吉良にはかなり失礼なことを思ったりもした。

「な?寝付くまでギュッてしとって?」

 普通に愛情を受けて育っていれば、それは我儘でもなんでもない。ただ市丸は『普通』を知らなかった。幼い頃に貰うべき愛情や温もりを、飯事のように幼馴染と分け合ってきた。だが、立場や所属の違いから、もう彼女の元にはいけない。市丸の我儘や甘えで、彼女の評判まで落とせない。


「なァ、ボクんとこ来るん、嫌やないの?おかしな噂、立てられとるやん」
「言いたい者には言わせておけばいいんです。貴方の淋しさが理解出来ている訳ではないんですから」
「…ホンマ、イヅルは優しい子ォやね」

 そんな会話を毎晩繰り返して、眠りに付く。市丸が寝付くまで、たまに吉良に唄を歌ってもらったり、聞いたことのないお伽噺に耳を澄ませたりする。今頃、まだ彼女は淋しい想いをしているのかもしれないな…等とうつらうつらと考えながら。


 翌朝、目を覚ませば、着替えや朝食の用意が整っている。(オカン言うんは、こないなモンなんやろか…って、ボク、ガキやないんやけど…)苦笑しながら、用意をする。そして、またいつもの『市丸ギン』三番隊隊長の顔になるのだ。


 楽しい時間と同じで、居心地のいい時間はすぐに過ぎていく。吉良は夜明けが嫌いになっていった。腕の中で安心しきって眠る市丸が、愛しくて仕方がない。睡眠不足は、いつも目許に出ていた。まさか、市丸の眠る姿に見惚れていて、眠るのを忘れていたとも言えなかった。


「なァ、ちゃんと寝なアカンやろ…。眠れへんのやったら、もう来んでもえェんよ?」
「いえ、眠ってますから大丈夫です…というか、え…と、何と言いますか…市丸隊長の眠りを見守っていたい、と言いますか…」
「?ふ〜ん。でも、今夜は取り敢えず来んでもえぇよ」
「ご用事ですか?」
「男漁り。なァんて、な」
「下らない冗談は止して下さいッ!」
「冗談やなかったら何?イヅルがボクの相手してくれんの?」
「…いえ…あの、」
「嘘」


 市丸は明け方に戻った。大切な幼馴染の誕生日だった。こっそりと、彼女の大好きな銘柄の酒を持って、祝いに行ったのだ。淋しさという傷を舐め合うのが嫌で、しばらく距離をおいていたのだが、何故か急に祝いに行きたい気分になったのだ。久し振りにも拘わらず、彼女はとても喜んでくれた。互いの近況を話したり、昔話をしたり。やはり捨てきれぬ大切な存在だと実感した。


「昨夜は、よいお酒を召し上がられてきたようですね?」
「うん」


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