少し長めな読物

□堕天使の見る夢
1ページ/5ページ

 色とりどりの衣装をまとった蝶達が舞う舞台。舞姫達が、妍を競って客の気を引こうとする様は、ひどく異様な雰囲気を醸し出す。天上もかくやといわんばかりの夢を見たいと願う者達が集まったこの席で、さもつまらなそうな顔がチラホラと見える。

「つらまねぇな」
「せやねェ」

 誰が言い出したのか、護廷の隊長格を集めた催しも、よい酒さえ呑めれば良いという面々には飽きがきていた。最初から断る者もいたが、旨い酒が呑めると言われれば、例え郭にも足を運ぶ者もいる。
 市丸は、酒に釣られた訳ではない。付き合いで来ただけというクチだ。こういう席を嫌う、元上官が羽目を外して、騒ぎを起こせば面白いとも思ったからだ。だが、なかなか見事に女達をあしらう姿に、そろそろ期待するような事は起きないだろうと諦めかけた頃、更木に声を掛けられたので、飲み直しに出掛けることにしたのだ。


「あんな所で出たら、いい酒も台無しじゃねぇか。安酒でも、旨いもんは旨い!違うか、市丸?」
「安酒なん言うたら、大将に失礼やで?こないな遅い時間から旨い肴、よぉけ出して貰とんのに。なァ、大将?」

 等と、他愛ないお喋りをしながら飲む酒の方が旨い。このまま酔い潰れたフリをして更木に隊舎まで送らせるか、でなければ参加を拒否した神経質な副官が、常連のこの店まで迎えに来るのを待てば良い。そうすれば、今夜はゆっくり眠れるだろう。

「ザルなてめェが潰れるくれぇ、まだ呑んでねぇはずだろ?」

 ヘロヘロになった振りをすれば、それでもこの無骨な飲み友達は肩を貸してくれる。途中で聞き慣れた声が出迎えた。

「すみません、更木隊長。ここからは僕が…」
「すまねぇな、そんな飲んじゃいねぇはずなんだが…悪酔いしたかもしれねぇから、後は頼んだぜ」
「いつもすみません」
「いつも大変なのは、てめぇだろ、吉良?」

 更木の気配が遠ざかったのを確認すると、市丸は吉良の肩から降り、伸びをして尋ねる。
「こっちはつけられへんかったけど、先回りされてへんよな?」
「はい。大丈夫です」
「そら良かった。ゆっくり眠れるわァ」
「…気が休まらないですね」
「…まァな」
「そろそろお帰りだと思って、お湯とお床、あと簡単なお食事の用意が出来ておりますので、ごゆっくりお休み下さい」
「イヅル、帰るん?」
「え?えぇ」
「そ…か」
「何か足りないものがありましたら、今からご用意致しますが?」
「…いや、十分や」
「仕方ない方ですね…。今夜の不寝の番は、三席で宜しいですか?」
「アイツ、明け方にはアホ面さらして寝くさってんで?」

 隊首室には、一定間隔で寝ずの番がつく。一度、市丸が行方不明になって三日間見付からなかったことがあったからだ。一番寝付けないのは、当の市丸であることは言うまでもない。空白の三日間に何があったのか、市丸から一言の説明もなかったが、憔悴しきっていて、拷問の痕も生々しく戻ってきたとなれば、ただ事ではない。

 常々、意味もない笑みを浮かべ、飄々としていても一隊の隊首である。そして何故か自隊士達に人気がある市丸の警護を嫌がるものは、三番隊には誰一人としていなかった。

「では、僕が」
「寝付くまで、手ェ繋いどって?」
「…はい」

 聞く方も聞かれる方も『誰が』とは言わない、という暗黙の了解が出来ている。吉良は市丸が何を警戒しているのか、自分達は何を警戒すればいいのか、知らず終いのままだ。ただ、自隊長を守るだけである。吉良には、自分にだけ甘えた態度をとる市丸に、特別に扱われている、という優越感もあった。



次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ