少し長めな読物

□dependent
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『ついておいで、イヅル』

 まるで刷り込み状態、身体に染み込んでしまった言葉に逆らうことを忘れて久しい。貴方の隣は、とても柔らかく穏やかな空気だけれど、そこは、僕じゃない違う誰かの為の場所みたいな気がして、落ち着かない…。副官であることに誇りを持ってきた。側付きであることを許されて、とても嬉しかった。でも、何かが違う…。それに気付かなきゃ良かったのに…一番近いと思えたままで居れたら良かったのに…。貴方の近くに居て、ずっと貴方を見続けていたら、気付いてしまった。…苦しいよ、すごく。僕が一番近いんじゃないってことが、こんなに辛いなんて…。


 定例副隊長会議。

「なんで大した議題もないのに、定例で開催しなくちゃならないんだ…」

 なるべく側を離れたくないのに。足取りは必然的に重くなる。多分、貴方から離れるのが不安なのは、僕。僕の我儘。何かに怯え、震えるように揺れる心。調律のとれた瀞霊廷で唯一、不協和音を奏でるこの心。近くにいれば安心出来るのに…誰かに奪われてしまいそうな不安に囚われて、抜け出せない。こんなに脆弱な心構えでは、いざという時に、お守り出来ないじゃないか…!

「…では、これで本日の定例副隊長会議を終了します」

 飛び出すように会場を後にする。早く隊舎に帰らないと。早く、少しでも早く!雛森君や、阿散井君に声を掛けられたような気がしたけど、振り向く時間も惜しいんだ…!と、その時、腕を取られた。

「ちょっと、いい?」
「急いでるんですけど…後では駄目ですか、松本さん?」
「市丸隊長から、頼まれたって言っても?」
「…え?」

 何で松本さんが、市丸隊長から何かを頼まれるんだ?ただの同期だって聞いてたのに。
「ごめんね、市丸隊長に頼まれたってのは嘘。何かね、最近のあんた、危なっかしくて見てらんないのよ。何かあったの?」
「いえ…別に。何もありませんから」
「ふーん…そう」

 松本さん、カンの鋭い人だな、まるで市丸隊長みたいだ…。あの頃はそんな特別授業でもあったのかな?でも、訊く機会なんて来ないだろう。


「市丸隊長、吉良イヅル、只今戻りました」
「ん、お疲れサン」
「お茶でも淹れましょうか?」
「なァ、イヅル?ンな気ィ使てばっかやと、肩凝らんへん?」
「はい?」
「やから、気ィ使い過ぎやて言うとんの。長生き出来ひんよ?」

 ひらひらと綴じられた書類を振っている。書き上げたばかりの書類の墨を乾かす時の、貴方の癖。だったら綴じなきゃいいのに、と思うが、口に出したことはない。何かしらの理由があるのだろう、と勝手に解釈している。

「……。むか〜し昔、死神ンなりたてやった頃にな、無くしたことあんの、書類。五十枚からあった中の、一枚だけ、な」
「今は、そのようなミス、なさらないじゃないですか?」
「ん〜…癖?」

 小首を傾げ、そう言ってクスクス笑う貴方を、可愛らしいと言っては失礼だろうか。またひとつ、貴方のことを知りました。どんな些細なことでもいい、貴方のことを知っていくのが嬉しいんです。

「まァええわ。とにかく、これ、誰か使いに出して、十番サンに届けさしといてな」
「今度の合同任務の件ですか?」
「うん。丁重な『お断り』っちゅうんをしたためたんや。世紀の最高傑作やで?」
「…日番谷隊長の、物凄い怒った顔が、リアルに浮かびますよ…」
「怒らはるやろか?」
「とても『丁重』なのでしょう?」
「せや。えらい気ィ使たんやで?」
「ずっと疑問だったんですが、…なんでいつも、十番隊との合同だけ、断るんですか?」
「あの隊長サン、ボクんこと、嫌てはるから。書類で怒らしても、顔合わさん方がお互いの為、いうこと。向こうはどうか知らんけどな、…疲れんねん」



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