短い読物

□押しくら饅頭
1ページ/1ページ

「捨てて来なさい」
 乱菊の腕の中には、痩せ細って震えている一匹の仔猫が抱かれていた。
「でも、ギン…」
「アカン言うたら、アカンの。捨てて来なさい」

 乱菊は、夕暮れ前の山道を、トボトボ歩いていた。腕には、もう仔猫はいない。乱菊の後ろを、ミーミー鳴きながら、ついてきている。その距離も広がっていくばかり。仔猫は、今すぐにでも倒れそうなくらい、痩せ細っていた。

 まるで、あの時のあたしみたい…

 まだ食べれそうな木の根や、実を集めに出掛けた時に、大きな木の根元で、力無く鳴いているの仔猫を見付けた。その姿を見た途端、何の考えも、躊躇いもなく、気付いたら連れ帰っていた。飼いたい、飼えないなら、せめて食べ物をあげたいと言う乱菊に、ギンは仔猫を見ようと振り返りもせず「捨ててこい」と言ったのだ。

「ごめんね、何にもしてあげられなくって」
 歩くことを止めてしまった仔猫に近付くと、乱菊はしゃがみ込んで、そっと頭を撫でた。
 このまま捨ててしまったら、明日の朝には冷たくなっているだろう。
「ごめんね…本当にごめんね…」

 乱菊は、拾われた。
 仔猫は、捨てられる。

 乱菊と仔猫は、何が違ったのだろう。霊力があるか、ないか。そも人の姿をしているか、いないか。言葉が通じるか、通じないか。

 きっと、そんなものではない。ギンは、何も考えずに、乱菊を拾ったのではないはずだ。霊力があって、ひとの形をしていて、きちんとことばが通じたからといって、目についた人や何やらを拾って歩いていたら、あのあばら家は、今頃、とんでもない大所帯になっていて、押しくら饅頭で遊び放題だろう。

 それくらい、この地区は餓えて、干からびている。幾ばくかの霊力を持った、同じくらいの背格好の子供達も、それなりにいる。

 想像したら、少し可笑しくて、乱菊は笑っていた。
 帰ったら、ギンとふたり、押しくら饅頭をしよう。そうすれば、少しは寒くないし、気も紛れる。でも、お腹は減るから、何かは拾って帰らないといけない。

「ごめんね?あたしは、ギンが待っててくれてるから、帰らないとダメなの。お前も、頑張って帰れるお家を見付けなさい」


「ただいま〜ギン。木の実、拾ってきたよ。一緒に食べようね」
「あァ、おかえり。ご苦労サンやったね、乱菊」
「ね、ギン?ご飯済んだら押しくら饅頭しよう!」
「押しくら饅頭?二人でかァ〜?」
「いいじゃない。暖かくなるよ?」

 あの仔猫が、自分のように『おかえり』と言ってもらえる場所を見付けられますように、押しくら饅頭が出来るくらい、いっぱいの家族に巡り会えますように……

 …次に生まれる時は、頑張って、お前だけの『ギン』を見付けられるといいね?




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ