短い読物

□ホシ柿に願いを
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「あれ?あんた、干し柿って嫌いじゃなかったっけ?」

 三番隊の軒先に、食べ頃に熟した柿が、モノサシで計ったように等間隔で干されている。

「嫌いですよ、今でも。でも隊内の声が…」
 隊内の声?熱烈な市丸信奉者達のことだろうか、と乱菊は思った。
「隊長が未だかつて召し上がったこともないような美味な干し柿を作れれば、必ず帰ってみえる、と」

 それはそれは、見れば見るほどに見事な干し柿だ。皮の剥き方、吊るし方、日当たり、風当たりまで計算し尽くされていたようで、去年まで『お裾分けですぅ〜』と手ずから届けられていた物とは、出来が違う。店に置いて『三番隊謹製 最高級干し柿』と銘打って、高値を付けても売れそうな出来だ。

「日々、熟していくのを見てて思うんです」
「なに?」
「市丸隊長はどんな思いで、毎年柿を見てらしたんだろうって」

 今更どんな思いをと言われても、乱菊には分からない。ここ数十年の市丸を、一番近くで見てきたのは吉良なのだ。

「あと何年作れるんだろう、食べれるんだろう、とか?」
「…あぁ、それもアリかな?」

 含みのある吉良の言い方に、思わず問い返す。

「それもって?」
「単純に、楽しみにしてらしたんじゃないかなぁって、ふと思ったんで」

 緩やかな風に揺れる柿を見ながら、柔らかに吉良は笑う。

「『今年は良ぅ風が吹かん』とか『えェのんが獲れたから言うてえェのんが出来るとは限らん』って、柿を見ながら仰ってた時、本当に楽しそうで…」

 そんなやり取りをしていたのか…。皮を剥いて干し終わるまでは、一切の仕事に手をつけないと、有名だった。

「…でも、アイツがくれるんなら、本人にとってどんな出来でも美味しかったわ」
「だから、思ったんです。誰かに美味しいって食べて貰おうって作れば、すごく美味しいのが作れるんじゃないかな?って」

 それが目の前の『三番隊謹製 最高級干し柿』なのか…。得心がいった。

「松本さん、一つ食べてみてくれませんか?」
 少し照れたように、吉良はそう言った。
「え?でも…」
「松本さんが納得出来る仕上がりなら、彼等の願いも叶うんじゃないかなって思うんですよ」
「あたしは、渋柿から育てるような干し柿専門家じゃないわよ?『市丸ギン』みたいに一家言ある訳じゃないし…」



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