短い読物

□貝合わせ
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 ある、冷えた晩。肩を寄せ合っていても、二、三しかない着物全てを着込んでも、背中を這い上がる寒気を無視出来ない。

「ギン…寒い」
「言葉にしたら、余計寒なるような気ィせぇへん?言わん方がえぇよ?」

 何回目の冬か、忘れてしまったくらい一緒にいる。けれど寒さはなくならないし、寒さをしのぐ手段もないままだ。隙間風の音だけでもなくなれば気分だけでも暖かくなるかと思って、ギンが止めるのも聞かずに、乱菊があちこちを開け放したら、風にあおられた雪が一気に吹き込んできて、凍死するかと本気で思ったのは、最初の冬だったか。

「食べるもの、なくなっちゃったね?」
「う〜ん…こればっかは言うん止めても解決出来ひんし…」

 手を繋いで、木の根でも掘り起こそうかと出掛けた。こんな場所では、子供二人が飢えて凍えていても、誰も助けてくれない。
 何か落ちていないか、木の実でも残っていないか、探して歩き続けた。空腹と寒さで、とうとう乱菊は倒れてしまった。

「まずいな…」

 乱菊をその場に捨てればギン一人でも生きていける。だが、そんな考えは脳裏を掠めもしなかった。

 乱菊が死んでしまう

 岩肌に横穴を見付けた。爪が剥がれても、指先が血で滲んでも、更に奥を目指して掘り続けた。地熱で温かい場所まで深く、深く。
 そこの一番奥へ乱菊を寝かせると、余分に羽織ってきた自分の着物を掛け、飛び出した。

 少しでも何かを持っている者は、全て殺して奪った。弱肉強食の流魂街の掟に従ったまでだ。ギンにとって乱菊に替えられるものは、ない。幼くとも秘めた霊圧が二人を苦しめる。だが、霊圧の有無が二人を引き合わせたのだとしたら、使って何が悪い。

 あの家に帰れる体力を戻せる位の二人分の食料、今より暖かい着物を奪った。傷付け、殺しても、罪悪感に駆られることはなかった。寝かせてきた乱菊の痛々しい姿が、目に焼き付いて離れない。奪うだけ奪うと、横穴に戻った。
 なるべく暖かそうな着物に乱菊を包む。出掛けに掘っておいた穴には、雪融け水が出来ていた。少しずつ飲ませる。柔らかく噛み砕いた食べ物を、開いた口の隙間から食べさせる。

 祈るように目を覚ますのを待つ。神など居やしない、居るなら乱菊が倒れることなどなかったのに。


 春になると、弱りきっていたことが嘘のように、元気に草や実を集める乱菊の姿があった。

「ギン〜こっち、こっち!お魚がいる!」
「…魚ァ?」

 手近にあった笹を、枝ごと引きちぎると、川に入って捕った。木の枝に間隔を開けて刺してから、川辺に干した。
「ねぇ、お魚さん、だんだん元気なくなって動かなくなっちゃうよ?」
「せやね…ほんでも、いつか食べ物無ぅなったら、助けてくれるんやから、今の内にお礼言っとき?」


 野うさぎを仕留めた時も、瓜坊を捕まえた時も、乱菊は泣いた。木の実や野草だけでは、体力を維持出来なくなってきた。より腹がくちくなる物を見付けては、干物にしていった。

(もう、あないな乱菊の姿は見たないんや…)

 乱菊が泣いて止めても、狩りを続けた。秋が深まる頃には、かなりの食料が集まった。これでこの冬は越せる。後は着る物。可愛い顔立ちをしているのだから、乱菊には暖かいだけではなく、出来れば綺麗な着物を着せてあげたい。

「…狩るしかないか」
「何?」
「乱菊は何も心配せんでえぇよ」

 少し遠出することになるけれど、離れて寂しい想いをさせてしまうけれど。

『君に生きていて欲しいから』『君は君らしくいて欲しい』。乱菊の為と言いながら、チカラを使うことが楽しくなかったと言い切れるのか、自問してみる。
 否とは言い切れない。でも乱菊の為という気持ちに嘘偽りはない。

 すべての罪や穢れはボクが引き受けるから、キミだけは綺麗でいて。
 罰を受けるのも、ボク一人でいい。キミが苦しまないように、一人で背負うから。

 乱菊の笑顔が生きる糧。
 何回でも冬を越してみせる。春に輝くキミの笑顔を見たいから…。

 そんなに遠くない未来、罪悪感や奪った命の重さ、乱菊の笑顔の眩しさに堪えられなくなる日が来ることに、ギンは気付いていた。少しでも笑顔を見ていたいから。仏頂面ばかりだったキミが、ようやく見せてくれた笑顔に捕まってしまった時から、きっと決まっていたこと。

「これ、何?」
「うん?『貝合わせ』言う遊びや」

 川でとった貝殻をバラバラにして、内側に木の枝で落書きをした。
「『貝合わせ』…遊び?」
「そ。貝殻っちゅうんは、上下変わると他のンと合わへんやろ?合うんを当てっこする遊びなんやけど…まァ、分かりやすいように柄付けとるだけや」

 覗き込む乱菊には、そう説明しながら、頭の中では違うことを考えていた。乱菊には自分が合えばいい、乱菊に合うのは、自分だけでいい…

「ね?これ、どう?」

 背中を向けてしばらくごそごそしていて、ようやく振り向いた乱菊の両手に、それぞれ一枚ずつの貝殻。
「…何なん?」
「ギンとあたし…なんだけど、これじゃぁ、下手くそすぎて分かんないね」
「……へん」
「え?聞こえないよ」
「ンなコトあらへんよ」
「そう?」
 少し怒って、でも照れた乱菊から、そっと受け取った。
「これ、ボクが貰てもえェかな?」
「遊ぶんじゃないの?」
「やって、見分け付かんかったら遊べへんし。これは使わんと…」
「なら捨ててよ!」
 一頻り騒いだ後、乱菊は貝合わせのことも、貝殻のことも忘れてしまったが、ギンの手にはずっと残ることになる、一対の貝殻。幼い二人の誓い。不思議なことに、片方は貝殻に見えないくらい汚れてしまっても、『乱菊貝』だけは綺麗なままで。





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