短い読物

□娯楽の神様
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 五番隊まで書類を届けた帰り道、談話室から声をかけられた。

「おやァ、松本サンやないですか?お時間宜しいなら、ちょいと寄ってかれません?」

 この男の方から、声をかけるなんて珍しい。席官を十数人集めて、何をしているのやら…。百人一首?あの、極悪非道、冷血鉄面皮の五番隊副隊長が、百人一首!?

「藍染隊長は、まだ執務室でお仕事なさってましたよ?こんな所で遊んでてよろしいんですか、市丸副隊長?」
「ボクの仕事は終わってしもたから、関係あらへんし、就業時間とっくに終わっとるやん、なァ?」
 頷く一堂。乱菊は少し頭が痛くなってきた。
「毎年、新年に有志が集まって賞品とか用意してな、かるた取りしとんの。でな、練習したいて言うから付き合うとんのやけど」
 要するに、この後暇なら付き合え、という訳ね。売られた喧嘩は買おうじゃないの。数首なら、乱菊も知っている。

「詠み人、途中で交替やで?」

 〜あまの…パシッ
 〜はなの…パシッ
 〜せをは…パシッ
 〜きみが…パシッ
 〜このた…パシッ

「…ズルしてませんか、市丸副隊長?」
「そりゃ言い掛かりやで?三つまでは待っとるんやから、ハンデあげとるやろ〜?百首、覚えてしもたらええだけやん?」
「覚えたの?…百首全部を?」
「ん〜?まァ」
 この、昔から無駄に小器用な男は、なぜもっと有意義に才能を使わないのだろう?

「いやな、最初は札やっててん」
「札?」
「花札」
『五番隊の品位を貶めるような下品な遊びはやめろ』と自隊長に言われたから、百人一首に替えたのだと、目の前の男はカラカラ笑った。
「で、楽しみがないと新年も盛り上がらない、死神稼業なんていう、血生臭い仕事をしているのだから、娯楽は必要だと言って、市丸副隊長が」
「百人一首大会を開いてくれたんです」
「もう二十年くらいやってますか?」
 く…下らないのか?いや、百人一首は下らなくない。乱菊は眩暈がした。だがあの『市丸ギン』に人気があるのは確かなようだ。人を集めて催し物をするのは、上に立つ立場でなければ提案しても、誰も集まらない。死神にも娯楽は必要だと乱菊も思う。だが、最初はよりによって、

 は…花札?

「一週間下さい。必ず市丸副隊長より沢山とってみせますから」
 あの後すぐ、虚の大量発生や、三番隊隊長就任の騒ぎに紛れて、勝負はお預けになったっきりだ。

「隊長〜。百人一首やりませんか〜?」
「そんな遊びしてる暇があるなら仕事しろ」
 つまらない。書類を山積みにしている自分が悪いのだが、多分、今の乱菊が提案すれば、十番隊でも『かるた取り大会』が開けるはずだ。刀を振り回すか、書類整理しか知らない隊士達は喜ぶだろう…。
「あ…そういうことか」
「分かったなら、手を動かせ、松も…と…?」
 勢い良く立ち上がり、談話室を目指す。
「お…おいっ!」

 壁に大きな貼り紙をした。『新年四日、仕事始めは、かるた取り大会から始めます 十番隊隊長 日番谷冬獅郎 副隊長 松本乱菊』

 追い掛けてきた日番谷が剥がそうとした時には、もう遅かった。

「かるた取り大会…」
「楽しみだなぁ」
「隊長も、計らいが粋だなぁ!」

「後で覚えてろよ、松本…記憶力には自信あるからな、俺は」
「隊長には、負けませ〜ん」



「…ってなことがあったのよ、昔の話だけどね?ウチは、隊長がヤサグレて、すぐ止めちゃったけど」
「僕が入隊した時には、もう、五番隊に『百人一首大会』なんてありませんでしたよ?」
「主催者がいなくなったもんね」
「あっ、あの…別にかるた取りがしたくて、三番隊に異動したかった訳じゃないですよっ!?」
「ふふ…。知ってるわよ、ギンを追っかけて来たんでしょ?」
「追っかけ…まぁ、あながち間違いではないですけど。そういえば、ウチでもやってましたよ、かるた取りや、集団坊主めくり。あとは鏡開きの餅を入れた闇鍋、節分の豆まき、女性隊士にって、ひなあられは手作りしましたね…。みんなで花見の大宴会も。夏バテ禁止って焼き肉もしましたし、流し素麺とか…」
「夏までで、そんなにイベントあったの!?」
「年末は年末で、秋から始まる、沢山の恒例行事が、目白押しでしたから」
「もしかして…三番隊全員参加、なんて言わないわよね?」
「いえ、半強制で全員参加でした」
「『半』って何よ?」
「隊長が言い出した次の年には、みんな喜んで自主的に参加してましたから。新入隊士諸君は、お誘い合わせの上で、みたいなノリで『三番隊とはこういう隊』と納得してしまってたんですよ」
「ホント、歩く『お祭り男』ね」
「隊長、率先して動いてみえたし、本当に楽しそうでしたから、みんなつられてしまったんでしょうね…本当に…楽しそうだったのに…」
「今頃あっちで『楽しくない』とか『つまらん』って駄々こねてるわよ、きっと」
「そう…ですね。で、楽しくないからって理由で、帰ってきてくれたらいいのにな…」
「帰ってきたら、真っ先に何したい?」

 もじもじと言いあぐねている。
「笑わないで下さいよ?」
「笑わないわよ」
「季節じゃないんですけど、流し素麺をしたいんです」
「ホント季節じゃないわね。お腹冷えそう」
「でも、一週間前から、隊長と二人で、素麺に混ぜる、ダミーの糸を作るのが楽しかったんです」
「ダミー?」
「はい。流した時、パッと見、分からないくらいの糸を縒るんです。大体200から300本くらい」

 ギン…あんたホントにバカね、正真正銘の『バカ』だわ…

「出…出来るといいわね…流し素麺」

 乱菊は、お通夜がずっと続いているような三番隊隊舎を後にした。ここ、三番隊では、いまでも『市丸ギン』は、隊士の記憶の中で活き活きと生きていて、きっと季節が巡る度に思い出されるのだろう、斬ったはったの死神生活に楽しみをくれた『娯楽の神様』だった男のことを…

「でもね、あたしはそんな楽しい時間を、ギンと共有出来たあんた達がちょっと妬ましいの、ごめんね」




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