短い読物

□「あいしてる」
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「ギンに『愛してる』って言われたことない…」
「い…いきなり何やの」
 甘く、気怠い雰囲気の中で微睡んでいたら、耳許で拗ねた声がした。
「言って。『愛してる』って」
「いっつも好きやで?て言うとるやん」
 まるで駄々っ子の言い合いだ。言えとねだる方も、応えない方も、お互い素直になるには、時間を重ねすぎてきた。
「乱菊かて『愛してる』なん、言わんやん?」
「言ってるもん!」
「言うてませ〜ん」
「言ってる!」
「ボクの名前呼んで、しがみついとるだけやんかァ〜?」
「……ッ!!」
「…ったァ〜図星差されたからて、殴らんでもええやん」
 ギンは笑って、言った。
「もちっと早かったら…言うたったんやけど…堪忍な?」
「誰かいい女性でも出来たの?永遠の愛を誓う相手とでも出逢ったの?」
「ん〜?どうやろね?」
 ふいっとギンに背中を向けて、ボソッと一言だけ乱菊が言った。
「…婚約指輪や結婚指輪買ってあげるなら、大前田金属だけはやめといた方がいいわよ…」
「?」
 上から顔を覗き込むと、今にも泣き出しそうな顔の乱菊がいた。
「……乱菊」

 だって言葉を知らないから。持っていないから。知らないし、持っていないものは出てこないから、言ってあげられない。『好き』や『愛してる』を越えた気持ちを伝える言葉を、ギンは知らない。

「ごめんね?ギン…ギンを困らせたかった訳じゃないのよ?」
 だけどね…と、乱菊は続けた。
「たまには言って欲しいの。愛されてるって実感が欲しいのよ」

 そう言って、優しくギンを抱き締めた。

 このひとは変な所で不器用だから。もしも自分より大切にしたいひとが出来ても、伝えられるように…そう思ったら、静かに涙が零れた。

「…ご免な」
「謝らないでよ」

 いつか、これという言葉が見付かれば、必ず言うから…「あいしてる」より、もっと気持ちを伝える言葉。



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