短い読物

□距離
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 あれから、十番隊執務室に、水仙と金盞花が活けられない日はない。水仙を切らしても、金盞花だけはある。どこから調達してくるのか、日番谷には不思議でならなかった。ある日、乱菊に尋ねてみた。

「おい、この花…」
「あ、邪魔でした?すみませ〜ん」
 そう言って、乱菊は自分の机に置いた。その花を見る副官は、日番谷が見たことのない、女の顔だった。なぜか無性に苛々した。
「誰も邪魔だなんて言ってねぇ。何でわざわざ金盞花なんだ、って聞きたかったんだ。三番隊花じゃねぇか?」
「いいじゃないですか。飾りたいんですから。執務室に花が二輪もあるなんて、素敵だと思いません?」
「俺には、一輪挿しに金盞花しか見えねぇが?」
「やですよ〜隊長。もう一輪は、あ・た・し」
 多少、いつもの乱菊らしくなってきている。松本は強い女だ、いざとなれば頼りになる副官だと、ずっと思ってきた。まさか、今頃こんな女の顔を見せられるとは…。


「気分はどうだ、雛森?」
 見舞いに行くと、強がってはいるが、意識のなかった一時期に比べれば、顔色はいい。幼馴染の復調が嬉しかった。
「あたしなら大丈夫だよ、シロちゃん」
「シロちゃんじゃ…ま、いいか。元気そうでよかった。また来る」
「ねぇ、シロちゃん?」
「なんだ?」
「乱菊さん、どうしてるの?元気にしてる?」
「…松本?変わらねぇけど?」
 なんで雛森の口からから松本の名前が出てくる?
「阿散井くんと吉良くんがきてくれてね。色々教えてくれたの。乱菊さんも、辛いよね…」

 それから、次の日も、その次の日も、ずっと気にして見ていた。枯れ始める前に新しい金盞花に変わっている。一輪挿しには、いつも瑞々しい金盞花。まるで其処に想い人がいるように目をやる副官。いつもの覇気が戻っても、それだけは変わらない。そんなんじゃ、いつまでも前に進めねぇじゃねぇか…。

「松本、いい加減、裏切者のことなんか、忘れちまえ」
「……」
 今まで感じたことのないような、殺気。一副隊長の出す霊圧じゃねぇ…(殺られる!?)

 だが、そこで乱菊は、霊圧を抑えて笑った。
「いくら隊長でも、その指示には従えません。命令でもきけません。あたしの心まで支配しないで。出来るとも思わないで下さい」
「そんなに市丸が大事か?もう居ねぇ奴のことなんか忘れろ。俺は…」
「大事?忘れる?違いますよ。ギンは、あたしの全てなんです。居ないなんて、あり得ない。ギンはあたしの中に、心の中にずっと居ます。これからも、ずっと…。隊長は隊長。あたしは十番隊の副隊長です。それ以上でも、それ以下でもないんです」
 見たことのない笑顔に、思わず日番谷が近寄ると、更に強くなった霊圧に弾かれた。
「聞こえませんでしたか?隊長は隊長で、あたしはあたし、十番隊副隊長なんです。『松本乱菊』は市丸ギンがいなかったら、今頃存在しなかった…十番隊の『日番谷隊長』に会うこともなかったんです」

 今日も十番隊は、何もなかったように毎日が過ぎる。新しい金盞花が活けられ続けることも。微妙な距離感だけを残して…。




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