短い読物
□現世でえと
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お忍びで現世に降りた。
ギンは既に疲れている。要するに面倒なのだ。周囲を見渡して、はしゃいでいる乱菊とは、とても対照的だ。取り敢えず、何か飲もうかということになった。道の向こう側には、お洒落な喫茶店がある。
「ねぇねぇ、ギン…」
…ガシャン
「ほい、乱菊の分」
缶…コーヒー。
「……ありがと」」
フラフラと歩いていると、雑貨屋や、ブティックなど覗きたい店が沢山ある。別段文句も言わずに、ギンは後ろから歩いてくる。
乱菊に色目を向ける輩には、無言でプレッシャーを与えながら。只でさえ人目をひく顔立ちに、このスタイルだ。口笛程度なら笑って済ますが、声でも掛けようとする男には、容赦しない。黒いオーラを撒き散らして追い払う。
尸魂界を朝一番に出てきたので、朝御飯は駅前の立ち食いそばだった。せめてお昼くらいはと、乱菊は少〜しだけ期待して、昼御飯を提案してみた。
「昼?ええトコ知ってんで?」
「乱菊〜?マグロ流れてきたで?要らんの?」
「………」
何が悲しくて回転寿司?しかも、このチェーン店は、ガリが美味しいのだと力説された。
「…ギン?あんた、これが、一応デートって自覚、ちゃんとある?」
「誰かと、日付と時間決めて会うたら、デート、言うんやろ?」
誘う相手を間違えたのかな…?と反省(?)しつつも、寿司を取っては食べる。そもそも好きになった相手が悪かったのだとは思わない乱菊。諦めるのも早かった。
ギンを荷物持ちに、買い物する。あれこれ悩んで洋服をえらんでいると、一言二言、何かを言ってくれる。迷った乱菊を後押しするかのような言葉だ。流石に乱菊も、ギンを完璧な荷物持ちにするつもりはないので、数点に留めた。
夕方近くなると、会社帰りの目敏いOLが、ギンに声を掛ける。睨みを効かせても引かない。(そりゃギンくらい身長あって、色白で銀髪なら、モデルと間違うわよね)と思う乱菊でさえ、横にいるギンは、一緒にいるだけで優越感に浸らせてくれる。ギンは、乱菊以外は目に入らないとばかりに、OL達の逆ナンを軽く蹴散らした。
夜の街は午前中、ギンが追い払ってきた連中とは桁が違う。今回、現世に行くにあたって、乱菊の義骸に着せる(?)服に、ギンは珍しくやかましかった。寄り付く虫は少ないに越したことはないからだ。
「も少し我慢してェな」
ギンはファストフード店で、簡単な食べ物を調達すると、どんどん歩いていく。勿論、ついて行く乱菊の歩調に合わせて。
「うっわぁ…」
岸壁。きらびやかなネオンや、車のヘッドライトが反射している。船が何隻か行き交っている。
「昼の海もキレイなんやろけど、一回、乱菊と夜の海、見とうて、な?」
ギンってば、ロマンティックなセッティングも出来るんじゃない…横にあるのがハンバーガーセットじゃなけりゃ、ね。
岸壁に座って、二人黙って夜の海を見る。底が見えなくて、飲み込まれてしまいそうでいて、でも、すべての光を反射してしまう、夜の海。まるでギンみたいな…。
「さて、と。ほな、ボチボチ帰ろか?」
「うん」
このあと、どちらかの部屋で、たらふく飲み食いが出来るだけの現世の食料を、いつの間にかギンが買っていたのを、乱菊は知っている。今回、こっそり『お忍び現世デート』に誘ったのは、二人のことを誰も知らない別世界で、肩を並べて歩ければ良かっただけだから。だから、もう満足。
でも、このあと、まだ少しだけ二人きりの時間がある。そう思うだけで、尸魂界に帰ることに反対する理由はなかった。
明け方前まで、乱菊の部屋で、散々呑んで食べて、今日仕入れたばかりの洋服で、お色直しごっこになる。それも楽しみのうち。
二人でいれば、どんな些細なことでも楽しい。それだけは昔から何も変わらない。ただ、ちょっと特別な現世でのデート。
二人だけの秘密の思い出