短い読物

□月見酒
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「もしも〜し?其処なお嬢サン?そないなトコで寝とったら、風邪ひかはりますよ〜?」

 乱菊は、気心の知れた仲間と気持ち良く酒を飲んだあと、風に吹かれるのも一興、と木に凭れていたら、いつの間にかうとうとしていたらしい。

「あらぁ、市丸隊長じゃないですかぁ?こ〜んな遅い時間に、どぉしてこんな所にいらっしゃるんですかぁ〜?」

「さァ?こないな綺麗な月夜、散歩しとれば別嬪サンが拾えるような気ィしたから、てなトコやろか?」

 クスッと笑ったギンは、乱菊の横に座り込んだ。並んで地べたに座るなんて何年振りだろう、などと乱菊がぼんやり考えていると、肩にふわりと暖かい物をかけられた。ギンの隊長羽織だった。

「イヅルがな、今夜十番副隊長サンに呑みに誘われたァ言うて青い顔しとってなァ」

「失礼なヤツね」

「せやろ〜?こないな別嬪サンに呑みに誘われるなん、ホンマ羨ましいわァ〜」

 今頃は、もう全員お互い肩を貸し合いながら、帰り着いているだろう。

「あァ、イヅルやったら、廊下でへしゃげとったから、副官室に放り込んどいたで?」

「ひどい隊長さんね?」

 三番隊門前まで誰かが連れてきたあと、這う這うの体で隊舎に辿り着いたのだろう、副官室に至る廊下に転がっていたのを、ギンが担いで運んでおいたのだ。

「二日酔いンなるやろ、あれは。あないになるまで飲む方が悪いんや」

「飲ませたのはあたしですよ、市丸隊長?」

 ギンは、黙って乱菊の肩をそっと抱き寄せた。何時もの貼り付けたような笑い顔ではなく、優しい笑顔。乱菊の頬を軽くつついて、

「今は誰も居てへん。ギン、で良ぇよ?」

「んじゃ、ギン」

「何ですやろ、別嬪サン?」

「飲み直し、しよ?」

「飲み直し、て、ボク飲んでへんのやけど…」

「細かいこと、気にしな〜い!」

 ハイハイ、と如何にも嫌々そうな返事をしながらも、お姫様抱っこで乱菊を抱えた。

「ここをね、真っ直ぐ行くと、遅くても、お酒売ってくれる店があるの。いっちばん美味しくていいお酒買って、お月様が綺麗に見えるとこ、行こ?」

 勿論ギンの奢りね?と念を押すのも忘れない。言わなくてもギンは出してくれるだろう。けれど、擦り寄って甘える為の台詞だ。



「此処で良ぇかな?」

 一番隊、総隊長御自慢の浴場の湯気が上がってくる、岩の張り出した場所だった。

「うん。暖かいし、月もよく見える」

 冬場の昼寝に絶好の場所。ギンのお気入りスポットのひとつだった。誰にも内緒にしておくつもりだったが、乱菊だけは特別…。

「ねぇ、ギン?あんた吉良に黙って抜け出して、此処で昼寝なんてしてないでしょうねぇ?」

「…やらなアカン仕事は済ませてからや。イヅルには此処のコト、言うたらアカンよ?」

 それに…、と笑って、

「『いつの間にシケ込んでたんですか!?』て突っ込まれるに決まっとる」

「しけ込むって…!」

「綺麗な月に、旨い酒に…横には……」

 クスリと悪戯っぽく笑って乱菊を見やり、眼を細めた。

「とびっきりのえぇ女」

 何も言い返せないでいる乱菊に、ギンは更に畳み掛けた。

「運ばせて、奢らせて、呑むだけ呑んで『ほな、さいなら』なん、つれんコト言わんよなァ?」

 何か言い返そうとするが、いい言葉が出てこない。

「…この…確信犯!」

「褒められてもた」

「褒めてない!」

「なら、とっとと部屋まで送りましょか?」

「い、い、いぢわるギンッ!!」

「意地悪なんは自覚あるけど…。ボク、名字はいぢわる、や無ぅて、市丸、なんやけど?」

「『意地悪隊長』で十分ですぅ!」

 グイッと酒瓶ごと煽って、乱菊はギンを正面から睨めつけた。

「今夜はギンの部屋に泊まる。決定!」

「はァ!?どうしたらそないなコトになるんよ?」

「決めたのー!連れてけー!!」

 乱菊は、ギンの背中にしがみついた。酒瓶も忘れず、片手に持って。ギンはわざとらしい溜め息を吐いて一言、

「ボクの部屋、アテ、何もないんやけど?」

「あら、あたしの笑顔じゃダメな訳?『とびっきりのいい女』が一緒に呑むだけじゃ足りない?」




 朝、目が覚めたら、乱菊は自分の部屋で寝ていた。あのあと、ギンの部屋で、いつのものだか分からないツマミで、しこたま呑んでいたのは覚えているのだが…

「!!」

 髪も体も酒臭くない…どころか、石鹸の香りがする。そして、それは乱菊の使っているものではない。アイツ…

「すみません。二日酔いで病欠です」

 地獄蝶で欠勤届けを出した。まさかキスマークが消えないので、とか、腰が抜けて動けないので、なんてのが理由だなんて、口がさけても言えない。

(やりやがったわね、あの狐ヤロウ…!酔った女に手を出すなんて最低!)

 三番隊に蝶をとばす。

 昼過ぎに様子を見に訪れたギンに、掴みかかって怒鳴りつけた。

「あんたねぇ…」

「ひどい声やね?掠れとるやん」

 ギン曰く、押し倒されたのは自分の方。酔いも手伝って寝こけてしまい、梃子でも動かない乱菊を、風呂に入れて、部屋まで運んで寝かせたのだ、と。

「ごめんなさい。随分と迷惑をかけました」

「ん〜?そない謝らんでも良ぇよ?ボクも美味しい思いさしてもろたし」

「……。」

「ま、今日一日くらいは大人しくしとき?」

「…はい」

 簡単にお粥を作って、枕元に置いてから、夜が更けたら、もう一度様子を見に来ると言ったギンは、帰ろうとして…ドアの手前で振り返った。

「ボク以外の男を、あないに色っぽく誘ったアカンよ?それに、ここまで後のコト面倒見れる男なん、何処にもいてへんやろ?」


 ギンの作ったお粥は、とても美味しかった。乱菊好みの味、具も、添えられた漬物も。

「大丈夫よ、あんた以外の前では、あそこまで酔えやしないんだから…」






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