短い読物

□願いごと
1ページ/1ページ



 乱菊の横に、銀髪白衣の悪魔が降り立った。

「こらまた大層な傷やったんやねェ。ご苦労サン、イヅル。乱菊貰てくわ」

 変わらない笑みを浮かべながら、返り血塗れの腕に乱菊を抱き抱える。誰かが何らかの言葉を発する前に、忽然と姿を消した。

「約束通り、三体以上倒したんやから、もう好きにして良ぇですやろ?」

「『敵を』と念を押しておくべきだったな」

「今更ですわ」

 いきなり歩み出てきて、周囲が呆然としているうちに、事も無げに敵味方関係無く周囲を愛刀で薙ぎ払ってから、カラカラと笑った悪魔は、ヒラリと乱菊の傍に降り立ったのだ。


「乱菊?起き」

「…市丸…ギン…」

 力の入らない手で刀を構える乱菊の腕を、ギンはそっと押し留めた。

「どう…して?」

「さァ?何でやろね?」

 何もない空間。すべてがぼんやりと白く霞んでいて、何もない場所。

「何処なの?元の場所に返して!」

「…ここはな、これから生まれる生命が眠る場所や。せやからあんまり騒いだらアカンよ?」

「生まれる生命が…眠る…?バカ言わないで!」

 しぃー、と乱菊の唇に立てた指を当てて塞ぐ。ギンは笑いながら続けた。

「もうすぐ、こっから旅立つんが、ホラ」

 ギンの指差す先、霞んでいた空間が、目映い光を放ちながら凝縮し、消えた。

「キレイやろ?」

「う、そ…」

「信じても、信じへんでも構わへんけどな」

 見渡せば、あちこちで光が瞬いて、消えていく。

「ようやく見付けたんよ?良ぇトコやろ?」

 ギンは、訳が判らないという顔の乱菊を、ただ抱き締めた。髪を梳き、頬を撫でる。指先で乱菊の唇をなぞって、そっと口吻けた。ゆっくりと顔をあげて、一言一言、はっきり区切って、ギンは乱菊に尋ねた。

「願い事、一個だけ、叶うから。乱菊、何、お願いする?」

「…生まれ変わったら、ってこと?」

「そ。ボクは乱菊と同じで良ぇから」

 額を合わせて、微笑う。

「…死ぬの?」

「うん」

「一緒に?」

「うん」

 頷いてから、もう一度口吻ける。周囲を見渡して乱菊に微笑みかけてから、ギンは自分の腕を深く斬りつけた。二人のまわりを血の霧が覆っていく。

「な、乱菊?こっから、やり直そ?」

「あたし達、やり直せる…の?」

「乱菊が望むんやったらら、な」

「嘘つき」

 ギンは、不思議そうな表情で乱菊を覗きこむ。

「なして?」

「勝手にいなくなるのは、いつもギンじゃない?やり直しても、同じ…」

 乱菊の不満を口吻けで止める。ただ優しく、優しく、触れるだけの口吻で。

「好きや…乱菊」

「…初めて、聞いた」

「かもな。初めて言えたかも」

「ね、あたし達、本当に生まれ変われる?」

「乱菊が望めば」

「じゃ、望む」


『ギンと一緒に』

『乱菊と一緒に』



 …ねぇねぇ、ギン!あたし、ギンとずっと一緒に暮らして、おっきくなったら、ギンのお嫁さんになって、いっぱいいっぱいご飯作ってあげる!ずーっと幸せにしたげるからね!

 …なァ、欲張ると何にも叶わんくなるよ?

 …一個になんか出来ないよ。欲張りでもいいじゃない?





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ