短い読物
□願いごと
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乱菊の横に、銀髪白衣の悪魔が降り立った。
「こらまた大層な傷やったんやねェ。ご苦労サン、イヅル。乱菊貰てくわ」
変わらない笑みを浮かべながら、返り血塗れの腕に乱菊を抱き抱える。誰かが何らかの言葉を発する前に、忽然と姿を消した。
「約束通り、三体以上倒したんやから、もう好きにして良ぇですやろ?」
「『敵を』と念を押しておくべきだったな」
「今更ですわ」
いきなり歩み出てきて、周囲が呆然としているうちに、事も無げに敵味方関係無く周囲を愛刀で薙ぎ払ってから、カラカラと笑った悪魔は、ヒラリと乱菊の傍に降り立ったのだ。
「乱菊?起き」
「…市丸…ギン…」
力の入らない手で刀を構える乱菊の腕を、ギンはそっと押し留めた。
「どう…して?」
「さァ?何でやろね?」
何もない空間。すべてがぼんやりと白く霞んでいて、何もない場所。
「何処なの?元の場所に返して!」
「…ここはな、これから生まれる生命が眠る場所や。せやからあんまり騒いだらアカンよ?」
「生まれる生命が…眠る…?バカ言わないで!」
しぃー、と乱菊の唇に立てた指を当てて塞ぐ。ギンは笑いながら続けた。
「もうすぐ、こっから旅立つんが、ホラ」
ギンの指差す先、霞んでいた空間が、目映い光を放ちながら凝縮し、消えた。
「キレイやろ?」
「う、そ…」
「信じても、信じへんでも構わへんけどな」
見渡せば、あちこちで光が瞬いて、消えていく。
「ようやく見付けたんよ?良ぇトコやろ?」
ギンは、訳が判らないという顔の乱菊を、ただ抱き締めた。髪を梳き、頬を撫でる。指先で乱菊の唇をなぞって、そっと口吻けた。ゆっくりと顔をあげて、一言一言、はっきり区切って、ギンは乱菊に尋ねた。
「願い事、一個だけ、叶うから。乱菊、何、お願いする?」
「…生まれ変わったら、ってこと?」
「そ。ボクは乱菊と同じで良ぇから」
額を合わせて、微笑う。
「…死ぬの?」
「うん」
「一緒に?」
「うん」
頷いてから、もう一度口吻ける。周囲を見渡して乱菊に微笑みかけてから、ギンは自分の腕を深く斬りつけた。二人のまわりを血の霧が覆っていく。
「な、乱菊?こっから、やり直そ?」
「あたし達、やり直せる…の?」
「乱菊が望むんやったらら、な」
「嘘つき」
ギンは、不思議そうな表情で乱菊を覗きこむ。
「なして?」
「勝手にいなくなるのは、いつもギンじゃない?やり直しても、同じ…」
乱菊の不満を口吻けで止める。ただ優しく、優しく、触れるだけの口吻で。
「好きや…乱菊」
「…初めて、聞いた」
「かもな。初めて言えたかも」
「ね、あたし達、本当に生まれ変われる?」
「乱菊が望めば」
「じゃ、望む」
『ギンと一緒に』
『乱菊と一緒に』
…ねぇねぇ、ギン!あたし、ギンとずっと一緒に暮らして、おっきくなったら、ギンのお嫁さんになって、いっぱいいっぱいご飯作ってあげる!ずーっと幸せにしたげるからね!
…なァ、欲張ると何にも叶わんくなるよ?
…一個になんか出来ないよ。欲張りでもいいじゃない?