市丸帝国

□夏は来ぬ:3(終)
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 一方その頃、チビ丸は一番隊舎にいた。執務室を飛び出して、歩けばピコピコピコとなるはずの草履を、ピャピャピャ…と甲高い連続音に変えて走りまわっていた所を、「何やら大きな霊圧が飛び回っています」と報告を受けて待ち構えていた総隊長に捕獲、保護されていた。


 その総隊長の周囲にはお菓子の空き袋が散乱している。膝の中で丸まって寝ている仔狐の頭を、恐る恐る撫でている。

 「さて、どうしたものかの…?」

 「吉良隊長がお迎えに来るまでお待ちになれば宜しいかと」

 「此奴でも泣くのじゃな…形が子供じゃから、涙腺まで弛むという訳でもあるまい。泣き疲れてすっかり眠りおって…」

 「総隊長殿、もしかして可愛らしいと、思っていらっしゃいます?」


 自分が危険分子として警戒されているなどと露ほども思わなかったチビ丸は、「イヅルのアホがな…」と総隊長と、呼ばれて来た卯ノ花に愚痴まじりで泣き付いた挙げ句、出されたお菓子以外にも、総隊長秘蔵の酒まで勝手に捜し出してきて空にし、食い散らかし飲み散らかして眠りこけてしまったのだ。


 「警戒心の塊のような奴じゃったが…半年で随分変わったの」

 「ご両親の愛情の賜物でしょうね」

 「此奴に両親なぞ居ったかの?」

 「松本副隊長が父親で、吉良隊長が母親だと、護廷では専らの噂です。四番隊舎でも良く見掛けますが、尖っていた部分が随分と丸くなっていく様子がはっきりと分かります」

 「父親に母親の愛情か…どうやらその母親のお出ましのようじゃな」





 「うちの市丸が此方にお邪魔していませんか?!」


 どれだけ探しまわっても見付からない。霊圧が探れない場所…鬼道の達人、卯ノ花率いる四番隊でなければ、残りは一番隊しかない。四番隊は隊長不在で、チビ丸の霊圧の名残は欠片もなかった。覚悟を決めた吉良が一番隊隊舎に辿り着いたのは、夏の長い陽もすっかり暮れて、少し涼しくなってきた時間だった。



 「あら、吉良隊長」

 「卯ノ花隊長!?」

 「総隊長殿が、珍しい毛色の可愛らしい仔狐を拾われたので、飼育方法を尋かれていたのですよ。どうもかなり傷付いている様子で、処置が必要かと…」

 「お怪我をなさってるんですか!?」


 「眠っておる仔がおるというのに騒がしいぞ。いい加減にせぬか」

 「総隊長!」

 「吉良よ、儂は以前から目端の利く、動きも手回しも早い者が一名欲しかった所でな。帰りたくないようじゃから、此奴を貰っても良いかの?異動届けは明日の朝一番に…」

 総隊長の膝上から引ったくるように眠っているチビ丸を奪い返してから、高らかに宣言した。

 「この方は使い勝手のいいパシリ扱いにして良い死神なんかじゃありません!並外れた霊圧と能力がある!それにちゃんとご自分の意思や感情を持ってらっしゃいます!かつて隊長をしていらした頃からずっと、この方は三番隊の至宝ですから、総隊長といえど絶対にお渡し出来ません!」

 「ほう?」


 「『三番隊の』じゃなくて、『僕の』って、何で素直に言えないかなぁ?だからあんた、何時まで経ってもダメダメなのよ」

 卯ノ花から連絡を受けた乱菊が来ていた。



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