市丸帝国

□夏は来ぬ:1
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 まだまだ蝉時雨が待ち遠しいと思う余裕がある、梅雨が明けるかどうかという夏の始めに、チビ丸は真央霊術院の卒業試験と、護廷十三隊入隊試験を軽く通過した。霊術院には結局三ヶ月しか在籍しなかった計算になる。

 無論、特例中の特例として、霊術院の卒業者名簿には残らない。二百年前に『市丸ギン』がいるからだ。長い歴史を誇る真央霊術院でも、同姓同名、根本的に存在も同一など、あり得ない…あり得てはいけないのだ。尸魂界の常識が、理論が覆されるようなことがあってはならない。



 「イヅル〜!」

 そんな『尸魂界の非常識』が、ダボダボの死覇装を着て、三番隊隊舎内を執務室目指して廊下を疾走(はし)ってきた。

 「なァなァ!いきなり副隊長やなんてアカ…っ!」


 扉を開けて、声がした方向を見た吉良の視界の隅で、チビ丸が袴の裾を踏んづけて、顔面から派手に転んだ。一番小さい規格を選んだのだが、それでもチビ丸には大きかったようだ。

 駆け寄り、よしよしと抱き起こしながら、(草鹿君のお古しかないかな?確か斑目三席のお手製だって言ってたな…)と、古い記憶を探っていた。記憶に間違いがなければ、死覇装は百四十からしか揃えていないはずだ。百少しは明らかに規格外になる。いくら調節が利くといっても、袴には無理があったようだ。


 「い…いひゃい…はががいひゃい、イウウ〜」

 真っ赤になった鼻を押さえながら涙目だ。可愛さに眩んで、卒倒しそうになるのを気力で堪え、

 「す…少し丈を縮めましょうか?」

 吉良は何とか言葉を紡ぎ出した。目の前では、ソファーで足をプラプラさせながらチビ丸が袴の丈直しを待っていた。




 (小さいから、かな?白いのは元々だとしても、細い、細すぎる…もっと栄養価の高い食事にしないと駄目だな)

 ママは通常の三倍以上、心配性だった。


 チビ丸の死覇装は、手縫いか特注するしかあるまい。何せ尻尾を通す穴が必要だからだ。仔狐バージョンでいれば、あちこちで可愛いがられる。とりわけ女性死神からは、護るべき存在として認識され易くなるからと、何よりも安全性を優先させた。


 「で、副隊長が何だったんですか?」

 「卒業したてのぺーぺーが副隊長なん、アカンやろ、て言いたかってん」

 左腕に巻くべき副官章を腰から斜めに巻き付けて、まるで帯刀しているような状態だ。左腰には神鎗が戻っている。脇差並みの短さが目立たない。その反対の右腰には副官章という、不思議なスタイルになっていた。副官章の紐を神鎗の鞘に固定して結び、位置を微妙に納まり良く直してから吉良は笑顔で言った。





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