市丸帝国
□希望の春:2
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「ちょっと早いけど、ギン借りていい?」
終業少し前の三番隊執務室に、乱菊が駆け込んできた。
「でも、隊長の泊まりの支度が…」
「後で取りにくるから。ちょっ早でギンが必要なのよぅ!」
あれよあれよという間にチビ丸は十番隊執務室に連れていかれた。
「こんにちはァ」
「お、おぅ」
あの『市丸ギン』に胡散臭くない笑顔で挨拶される日がくるとは、流石の日番谷も思わなかった。
そして目の前では、あり得ない速度で、前人未到の書類山脈が開発、発掘されてなくなっていく。出来上がった書類を見ても不備はない…がこの字は!!
「おい、松本…」
「何ですかぁ?」
「お前が行方くらましてた、あの時の山積みの書類は…」
「あぁ、あの時の?ギンですよぉ、勿論。あたしがそんな早く出来る訳ないじゃないですかぁ?」
「…威張って言えることじゃねぇだろ…」
「お邪魔します、日番谷隊長」
「吉良か」
心配性で過保護なママが、チビ丸のお泊まり一式と、手土産に菓子折りを持参で、十番隊に顔を出した。
「今晩、隊長がこちらでお世話になるので、泊まりの支度を。あと、警備にうちの席官を数名…」
「要らねぇ。ウチで不祥事は起こさせねぇから安心してくれ。あと、今の『三番隊隊長』は吉良、てめぇだろ?その癖みてぇのは直らないのか?」
「こればかりは長年お仕えしてましたから…無理みたいです」
苦笑いで答えた。ママは、邪魔をしては迷惑だからと、日番谷に簡単に挨拶を済ませて帰っていった。
そのチビ丸はといえば、吉良が来たことにも気付かず、乱菊が出した吉良持参の手土産のお菓子片手に書類山脈をこなしていく。
「見事なもんだな…」
「でしょ〜?」
「だから…お前が威張ることじゃねぇだろ…」
終業時刻をあまり過ぎることなく、山脈は綺麗な平地になった。
「じゃ失礼しま〜す」
「お邪魔しましたァ」
「おぅ」
「ウチの隊長がね、食事券くれたの。そんな高級料亭じゃないけど、敷居が高くなくて入り易い店だし、そこそこ種類も多くて、美味しいのよ、行こっか、ギン?」
「酒、あるん?」
「流石にギンが呑んでたら店の人や他のお客さんに怒られちゃうから、お酒は買って帰るか、あたしの部屋ので我慢してね?」
「しゃあないなァ」
『おとん』と手を繋いでチビ丸、十番隊から夕食に出掛けた。
「へェ、キレイに片付いとるやん?あないにカチャカチャやったのに」
「まぁね。散らかってて、汚い部屋は、あんた嫌だって言ってたし、吉良にも怒られちゃうかもしれないからね〜」
「ンなコトでイヅルは怒らんよ、きっと」
部屋の真ん中に置かれた小さなテーブルに、買ってきた簡単なツマミを乗せて晩酌をする。
「あたしと吉良が帰ってきてって強く願ったからかしらね?結局、あんただけだもの、帰ってきてくれたのは」
「だけ、て…。『三人の反逆の死神』のあとの二人?のコト言うとんの?」
残りの二人は確認されていない。ギンの事が公になってから、流魂街を中心に大規模な捜索があったが、それらしい魂魄は見付からなかった。見付かれば、首謀者は極刑、明らかに付き従った者には何らかの刑を与えると既に決まっている。ギンのような執行猶予も付かないらしい。