市丸帝国

□希望の春:1
1ページ/5ページ

 霊術院最初の授業が始まるその日、イヅルママ手作りのお弁当を斜めに背負って、チビ丸は元気に出掛けた。付き添いを申し出た三番隊の面々をぶっちぎりで駆けて行った。


 「ただいまァ〜」

 「イヅルぅ〜あないな授業なん、タルぅてしゃあないわァ…」

 執務室のソファーにふんぞり返って、お菓子を口に放り込みながら、ブツブツ文句を垂れている。お茶を淹れてきてくれた吉良に文句を言っても始まらないことくらいチビ丸にも分かってはいるのだが。

 「いいじゃないですか、必要単位と課題さえクリアすればすぐ卒業出来るって言われてるんですから」
 「それは分かっとるけど、多分教師の爺ィ共よかボクのが強いし、色々知っとるで?」
 「当たり前です。貴方は博識な方でしたし、勿論、教師連より段違いにお強いですから」

 だが、本当にチビ丸が感じている不満はもっと深刻なものだった。
 「冷たい目ェでボクんこと見よる」
 「それは…」
 吉良は言葉に詰まった。どんな慰めを言ったところで効果がないからだ。教師達にしても、つい百年前の『反逆の首謀者の一人』を簡単に許せという方が無理な話だ。
 「まァええわ。あないな詰まらんトコ、とっとと出たるから」

 チビ丸は、ソファーから勢いよく跳び起きると、ニッコリ笑って吉良に手を振った。
 「一回りして、今日の分のお菓子貰てくるわ♪」

 溜め息をついて、しばらくはチビ丸の出ていった扉をボーッと見ていた吉良だが、いきなり執務室を飛び出し、急いであとを追い掛けた。
 「服!制服着替えてから出掛けて下さいっ!」


 隊首室に戻り、乱菊の用意した普段着に着替えてから、今度こそチビ丸はお菓子回収の旅に出掛けていった。
 「あんな可愛らしい姿であちこち走り回られたら、胃が幾つあっても足りないな…」
 制服を衣桁に掛けながら、今日一日で一番大きな溜め息をついた。ぼんやりと制服を見て、チビ丸の顔を思い浮かべてから…
 「あぁ〜ッ!」

 「どうかしましたか、吉良さん!?」
 急いで駆け付けた席官に、吉良は涙ながらに訴えた。
 「たたたた隊長が〜!」
 「どうかなされたんですか!?」
 「隊長、あんなに可愛らしいんだ!きっと学院の女の子達が放っとかないよ!いきなり『ボクの彼女♪』とかって、可愛い女の子連れて来たら、どどどどうしよう!?」
 席官は、優しい(生温かい)目で吉良を見てから、ポンと肩を叩いて、そっと出ていった。


 「ホンっっとに母親になったわねぇ」
 「…母親?」
 「あんたの場合、ちょっと違うかもね?でも、まぁ普通に一緒に生活出来てるんだから、やっぱり母親ってことで納得しときなさいよ。でも『一回り』にしちゃ遅いわね」
 「もうすぐ晩御飯の時間なのに…」

 その頃、チビ丸は三番隊の女性隊士達に捕まっていた。入学祝いを渡していなかった、と新しい足袋や草履を貰っていた。

 「ただいまァ〜。今日はお菓子やのぅて、現物仕入れて来たで?」
 「現物?」
 「あらあら、大漁じゃないの。良かったわね、ギン。でもそれ、学院で使えないわよ?死神用だもの」
 早く卒業して三番隊に来て欲しいという彼女達の願いだ。吉良にはすぐ分かった。かつて市丸三番隊だった頃の女性隊士達の顔が思い浮かんだ。男女分け隔てなかったギンは、三番隊内で人気者だった。そんな隊長を上官として側に居られることを、とても誇りに思っていた。



次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ