市丸帝国
□皐月・第二日曜日
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晩春の午後、チビ丸は人通りも疎らな商店街を放浪していた。仕事を放棄して遊んでいる訳ではない。吉良ママに知られたくないので、買い物とは違う時間に寄ってみただけだ。
「うーん…何が良ぇやろ?」
袂から一枚のチラシを取り出す。上から順に目を通してから店を見回してみるが、どうしても納得できる物が見当たらない。三月末の誕生日には、乱菊パパも交えて盛大に飲み食いして騒いだ。楽しくなかった訳ではない。ただ、何故か無性にカタチに残るものをプレゼントしたくなったのだ。
食器を扱う店で湯呑を手に取ってみたが、ピンとこない。筆や墨もさんざん見て回ったがあまりに日用品すぎて、ぱっとしない。しかも、どれも吉良のイメージではなかった。
「湯呑でもないし、筆もあかん。となると…」
往来の真ん中に座り込んで、「全滅やん…」と頭を抱える。チビ丸の落ち込み具合を現わして巻いた尻尾に相談してみたが、妙案を授けてはくれない。
「あと二週間くらいしかあらへん…どないしよ」
カタチに残る物を贈ろうと思ったのも初めてなら、今まではスルーしてきた現世イベントなので、何をどうしたらいいのか見当もつかないのだ。食い散らかして酒を呑んで騒いでしまうと、結局は吉良に迷惑をかける。それでは意味がない。
「乱菊に相談…せん方が良ぇやろし」
『なら、どっかの料亭に席取って、普段は食べれないような美味しいもの頼んどけば良いじゃない』
それではカタチに残らない。美味しかったし楽しかった、後片付けがなくて助かったという思い出は残るだろうが、チビ丸の趣旨とは異なる。
「やっぱ本人が欲しいもんが一番…」
決めあぐねて機を逸してしまうくらいならリサーチに戻った方が良いだろう、と立ち上がったチビ丸の目に、真っ赤な花束が飛び込んできた。カーネーションだった。それも赤だけではない。ピンクや白もある。
「食いもんや酒やないけど、カタチん残らへんしなぁ」
チビ丸が贈れば喜んで花瓶に活けるだろう。可憐な花だから似合いもするだろうが、どちらかといえば百合や沈丁花の方が吉良のイメージに近い。それらにしても、時が過ぎれば枯れてしまう。そこでプリザーブドフラワーなるものを見付けて調べてみたが、チビ丸がイメージする花は扱っていないようだったし、手作りも吉良にバレるので無理。最も避けたいパターンである。
「ほんま、どないしよ?」
―その気持ちだけで十分です…
嬉しそうな吉良の笑顔がチビ丸の脳裏を過る。思わずつられて笑いそうになり、チビ丸は慌てて頬を叩いた。次は乱菊にも贈り物をしたいのだ。だからといって、まず手始めに、では吉良に感謝を表せない。
「あかんあかん!今年はイヅルも乱菊も喜ばしたる、って決めたんや!」
屹然と顔を上げたチビ丸の視界に呉服店が入った。乱菊への贈り物ならいくらでも見付かりそうだ。下調べを兼ねて、チビ丸は暖簾をくぐった。
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