市丸帝国

□現世派遣特別任務
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 チビ丸が『仔狐副隊長』はともかく『市丸副隊長』と呼ばれて、それが自分であることに何となく慣れてきた頃。十二番隊、もとい技術開発局。十二番隊へ書類を届けにきたチビ丸は、単純なブービートラップで捕獲された。開発局の方へ連れてこられて、何の説明もされずに、限定霊印を施された。

 「いったい、何なん?」

 簡単な仕掛けを見切れなかった自分へのささやかな怒りより、驚きと困惑を隠せない。

 仰々しい音を立てて扉が開くと同時に、前局長が姿を表した。以前に狐耳+尻尾を頂いた時と変わらない帽子に甚平、扇子、下駄履きスタイルのままだ。

 「変態駄菓子屋が、いったい何の用や?」

 「誰ッスか、アタシの本性、教えたの?」

 態とらしく扇子で隠した口許が空々しい軽口を叩くが、チビ丸は堪えない。

 「やっぱ変態なんや…乱菊の言うた通りや」

 神鎗も逃げ出しそうなチビ丸の疑惑の眼差しが浦原に突き刺さるが、空惚けには年季が入っている方も負けていない。

 「だ〜か〜ら〜、誰に吹き込まれたかって、聞いてるんスよ?」

 チビ丸は、プクプクの両頬を引っ張られていて、憎まれ口も反論も出来ずにいた。それ以前に、浦原の質問に答える気は更々ない。『怪しい人と口をきいてはいけない』という両親の教えがあるからだ。浦原喜助は、まさに『怪しい人』そのものズバリだ。だが、あまりの痛さに我慢が出来なくなり、チビ丸は不意討ちで膨大な量の霊圧を解放して、浦原を弾き飛ばした。

 「以前のアナタなら、この瞬間にはとっくに抜刀されちゃってて、首と胴が永遠にサヨナラしてますね、アタシ」

 お調子者の表情を浮かべたまま、浦原はパチンと畳んだ扇子で、自分の首元を右から左へと横截する真似をした。

 「うっさいわ、ボケ」

 本音をおくびにも出しそうもない笑顔を、不機嫌な霊圧丸出しのチビ丸は、一言で切り捨てた。

 「ボケってヒドイ…。アタシ、まだ呆けるような歳じゃないッスよ〜。まぁ、以前のアナタは…」

 『以前』を連発する浦原に、それなりに長く丈夫なはずの、チビ丸の堪忍袋の緒が切れた。

 「それ以上言うたら、タマ、潰すで?」


 『昔の話』は、両親以外からは聞かないことにしている。両親は推測に過ぎない噂程度の事実は一言も口にしないし、霊術院の歴史教科書に載っていること以外も、ポツポツと所々しか教えない。無理に記憶を戻したくない、時が満ちるまで待つ方が良いと判断したからだ。

 チビ丸自身、「昔は…」で始まる長話は、年寄りの小言染みていて嫌いだった。

 「まぁた、そんなコト言ってぇ、出来るワケ…あだだだだだっ!」

 圧倒的な身長差を考慮しなかった浦原が負けた。チビ丸はズカズカと距離を詰めると、そのままの勢いを維持したまま、浦原の股間に頭突きをカマしたのだ。

 チビ丸は不自然な内股でしゃがみ込んだ浦原を上から睨み付けた。機嫌が悪いのは、頭に不愉快な感触が残っていたからだ。

 「何の用や?用件だけ、箇条で、百文字以内、句読点含んで、な?」

 チビ丸怒りのオーラが周囲に充満すると同時に、浦原個人に限定して粘着質な圧迫感が押し潰そうとする。浦原とて歴戦の強者、そちらには堪えないにしても、物理的な痛みには逆らえなかった。

 「それって、今時流行らない反省文じゃあないッスかァ〜?…あだだだッ…!市丸サン、何踏みつけてんスか!?いだいっ!」

 もはや直撃を受けた股間より、そこを押さえていた手の甲を踏みにじる草履の裏のささくれ立ちが与える痛みが、浦原に悲鳴を上げさせた。



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